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PGM ? 地上在庫の存在

今週はまたStandard Bank のリサーチ部門からスペシャルレポートが出たのでそれを紹介しましょう。南ア・ロシアの供給不安が存在するのにもかかわらず価格が伸び悩んでいるのは、その地上在庫の存在があると指摘しています。なかなか興味深い内容です。

Standard Bankのリサーチ部門によれば2013年から少なくとも2016年まではプラチナ・パラジウムとも供給不足が予想されています。

それにもかかわらずドル建てのPGM価格は下がっており、ランド建てのPGMバスケット価格(Pt 60%、Pd 30%、Rh 10%で計算したもの、南アの生産者のコスト計算に使う)において計算しても南アの生産者は非常に苦しい経営状態にあります。プラチナもパラジウムも、今後の相当長い期間、大きな量の供給不足の予想にもかかわらず、まったくそのような流れを予測させるような動きにはなっていません。リースレートはほぼゼロに張り付いたまま、スポンジ(粉末形態)もインゴットに対してディスカウントになっており、産業用需要が冷え込んでいることを示しています。

 プラチナ、パラジウムの価格の動き方を見ていると、相当量の地上在庫が存在していることが推測されます。供給があきらかに減少しているのにもかかわらず価格が大きく上がらないのは、実際大量の現物在庫がバッファーの役割を果たしてあまりあるからであろうと思われます。Standard Bankのリサーチによれば、プラチナは1046日分、パラジウムは879日分の供給にあたる地上在庫が存在していると見積もっています。両方とも相当量の地上在庫があるということになりますが、我々のアナリストは現状においてはパラジウムよりもプラチナの方が将来性があると見ています。プラチナの需要の30%が宝飾需要であり、この分野は価格が下がることによって大きく伸びるからです。パラジウムにはこれがありません。また、プラチナの地上在庫の量は需要と比べると過去10年で確実に減ってきています。パラジウムはそうではありません。

(プラチナ・パラジウム、地上在庫日数分の動き)



アメリカがプラチナ・パラジウムの在庫を特に1990年初旬から戦略物資として備蓄をはじめ、相当量の現物の在庫を積み上げました。同時期、日本とスイスは在庫を減少させていました。イギリスにもある程度の在庫がありましたが、これはチューリッヒからの移動で、ロコ・ロンドン決済のためであると考えられます。また中国や韓国のような国々にも潜在的に相当規模の在庫があるものと推測されます。

 以上のような在庫の存在を確かめるために、1930年からのいろいろな需給の統計を調べてみると、1970年以前の需要のデータは非常に乏しいのですが、それから得られた結論はやはり「プラチナとパラジウムの地上在庫は多い。」ということでした。2012年のプラチナの地上在庫の総数は約613トンと見積もります。これが1046日分の在庫の内訳です。国別の推定在庫量は米国が約280トン、日本が最低でも31トン、2.8トンがスイス、101トンが英国。ただし英国の在庫の大部分は近年のロコ・チューリッヒからロコ・ロンドンへの在庫の移動のため。これらの在庫の数字は鉱山生産、リサイクル、そして消費から計算しています。消費には、自動車触媒、化学、硝子、電子、宝飾、石油化学の各分野が含まれます。ただし投資需要は、在庫とみなし、消費には含みません。そこから計算した数字ですが、これが最低限の在庫という見方をしています。

 米国の税関統計を分析すると1992年からは輸出国ではなくなっています。1995年から2004年の間は毎年43トン以上ものプラチナ輸入超になっています。そして同時にこの期間の米国のプラチナ需要は決してその国内生産量から28トン以上上回ることはありませんでした。その結果1992年以降、米国が真剣なプラチナの供給不足に陥ったのは2006年に輸出が大きく伸びたときの一度だけです。圧倒的な供給過多のマーケットが続いたことによって米国では巨大なプラチナの在庫ができた模様です。

(プラチナの国別地上在庫と米国のプラチナ在庫の動き)



中国も輸入量、リサイクル、そして消費を分析すると地上在庫が増えていると思われます。その数量は最低でも約72トン。2009年以降に需要以上の輸入が続いた結果です。残念ながら中国の輸出入統計は2009年以前の数字がありません。

 そして韓国もプラチナの在庫を持っている可能性があります。それは英国の輸出入統計から推測されることですが、2009に英国から101トンという大量のプラチナが韓国向けに輸出されています。このすべてが消費されたとは考えづらく、その大部分が在庫として存在しているのではないかと考えます。その理由は自動車触媒には韓国ではプラチナよりもパラジウムが主に用いられること、一部が触媒に使われたとしても断然にすくない数量であること。そしてこのプラチナが宝飾用に使われたとは思えないこと。宝飾需要の63%は中国に存在しているから。またこのプラチナが再輸出された痕跡もありません。

 パラジウムの地上在庫の計算もプラチナと同様です。2012年末のパラジウムの地上在庫残を約694トンと見積もります。1991年から地上在庫の量はゆっくりと増加傾向にあり、これはロシアの在庫放出の売りとほぼ時期が重なります。約694トンの在庫のうち、米国が約383トン、日本が約59トン、スイスが約72トン、英国が約180トン。プラチナと同じく1994年から2005年までの間、ロシアからの在庫の売りが米国のざいこの備蓄に変っていったと思われます。2012年待末のパラジウムの地上在庫量は879日間分と見られています。

 ロシアのパラジウム国家在庫に関しては予想はしません。(わからない)しかし、現在世界中にある地上在庫が大きくなったがために、もはやロシアの在庫が昔ほどの影響力はなくなったといえます。彼らのパラジウム在庫が底を打ったということが何度も繰り返しニュースになっていますが、それが真実かどうかは疑わしい情況です。ロシアは非常に価格の動きに敏感であり、パラジウムの価格750ドルを越えたらその売りを増やし、700ドルを割り込んだら売りをやめるということが何度もありました。プラチナとは違って、中国がここ数年大きな在庫を積み上げた様子もみることができませんでした。

(パラジウムの国別在庫、ロシアの在庫の動き)



この分析結果はいくつかの疑問を投げかけます。その中でももっとも重要なのは、こんなに大量の在庫が存在することが可能なのか?もっと端的には一体誰がこの在庫を持っているのか?ということです。(これらの点に関しては、この在庫の推定の調査方法から詳しい説明がありますが、この説明に関してはまた別途日を改めて書きたいと思います)



プラチナおよびパラジムの地上在庫は過去10年間非常に高いレベルにありました。にもかかわらず、プラチナもパラジウムも今のマーケットの1350ドル、670ドルよりもはるかに高いレベルで取引されていました。ですから今後1750ドル、800ドルといったレベルに再び上昇するということはありえないと言い切れません。しかしそのような上昇はあったとしても短い期間になりそうです。この地上在庫がプラチナ・パラジウムの頭を押さえるだろうからです。少なくとも過去10年間PGMの頭が重たかった理由はここにありそうです。

以上

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岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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