豊穣にして無限。南米・アマゾン川をずっとずっと遡ったその先に「規格外」の人間たちが生きていた……。 4月10日に第1集が放送されたNHKスペシャル「大アマゾン 最後の秘境」シリーズ。 その第2集「ガリンペイロ 黄金を求める男たち」(5月8日放送予定)の番組ディレクターが、放送に先駆けて、アマゾン奥地の「今」を紹介する。 いくつもの支流を分け入った密林の奥、荒くれ者たちが作り上げた金鉱山に潜入した筆者は、映画『地獄の黙示録』さながらの、欲望と暴力と狂瀾に満ちた「王国」を見た。トップアスリートたちが金メダルを競うリオ五輪開催の2016年、同じ南米の奥地には、「金」を求めるもう一つのリアルがある。

前回から読む)

飯場の女たち

 金鉱山はマッチョで野卑な「男の世界」だが、そんな男社会で働く女性たちもいる。「クイジネーラ」(食事を作る女性のこと・賄い婦)と呼ばれる女たちだ。

 私たちも撮影スタッフ全員の食事を作ってもらうために、拠点の街で40代後半の女性をクイジネーラとして雇った。彼女は金鉱山に来るのは初めてだったが、ガリンペイロのことはよく知っていると言った。小屋だろうとジャングルだろうと勤めあげる自信もある、とも言った。しかし、彼女は3日で根をあげ、ついには街に帰ってしまった。

 「黄金の悪魔」の鉱山に4人のクイジネーラがいて、1人あたり10~15人分の食事を作っていた。

 ガリンペイロは朝の6時には仕事に出るから、彼女たちの仕事は4時半に始まり、夜の9時頃まで切れ間なく続く。休みは1日もなく、給料は月に金を30グラム(およそ12万円)だった。仕事はきついが、アマゾンでは十分に暮らしていける給料と言えた。

食事の準備をするクイジネーラ  (c)Eduard MAKINO
食事の準備をするクイジネーラ (c)Eduard MAKINO

 だが、クイジネーラの仕事には金鉱山独特の苦労がついてまわった。

 ガリンペイロたちの舐めるような視線に毎日晒され、始終付け回され、肉体関係を迫られ続けるのだ。

 娼婦と違ってクイジネーラはただでヤレる女。ガリンペイロたちはそう思っていたし、公言することも憚らなかった。そのくせ、身体を許したクイジネーラをプータ(淫売)と揶揄し、許さない者を堅物と貶した。

 ガリンペイロたちは、私たちが連れて行った中年のクイジネーラの隣にハンモックを吊り、素っ裸で横になった。関係を結ぶまで諦めないという意志表示だ。彼女が逃げ出すにも無理のないことだった。

噂話

 クイジネーラは猛獣の檻に放り込まれた兎のような存在だった。しかも、猛獣たちはただ味わうだけではなく、その味や食べごたえについて吹聴することも忘れなかった。

 ある日――いつものように――ガリンペイロたちがクイジネーラの噂話をしていた。始まりは、誰々の料理が一番美味いといった他愛のない話だったが、すぐに品のない下ネタに変わった。

 最近化粧が濃いから誰かに惚れたに違いない。最近薄着が過ぎるが欲求不満なんじゃないか。あのクイジネーラは街に夫がいるくせに誰々と寝ているらしい……。

 興が高じてきたのか、他の鉱山で働くクイジネーラの噂話へと話題は変わっていった。不幸な作り話(子どもが病気、親が死にそう)をガリンペイロに吹き込んでは金を借り、そのまま姿を消したクイジネーラ、「ハイーニャ・プレット(黒い女王)」の話。恋人を二度も腹上死させたという「オリビーニャ・モリャール(濡れ濡れオリーブちゃん)」の艶話。嫌いなガリンペイロの食事に釘をいれるという「ベレッタ(イタリア製の高級拳銃の商品名)」の怪女伝説……。

 そんな四方山話の中で、ガリンペイロたちが最も熱心に繰り返す名があった。カルメンという名のクイジネーラだった。

ピンガ(サトウキビの蒸留酒)を回し飲みしながら、賭けドミノで遊ぶガリンペイロたち。話題は金のこと、プータ(娼婦)のこと、クイジネーラのこと…… (c)Eduard MAKINO
ピンガ(サトウキビの蒸留酒)を回し飲みしながら、賭けドミノで遊ぶガリンペイロたち。話題は金のこと、プータ(娼婦)のこと、クイジネーラのこと…… (c)Eduard MAKINO

 ある金鉱山にカルメンという名の美貌のクイジネーラがやってきた。ガリンペイロのほぼ全員が、すぐに彼女の虜となった。誰が最初に口説き落とすのか、男たちはいつになく真剣に競った。簡単に口説ける女ではなかったが、誰1人諦めなかった。

 カルメンは男の申し出を無視したり無碍に断ったりはしなかった。しかし、その気にさせる会話や軽いスキンシップには応じても、最後の一線を越えることは中々許さない。相手をその気にさせておきながら、焦らしに焦らしたのである。

 そして、男たちの欲望が沸点に達する直前、耳元でこう囁いた。

 「金10グラム(およそ4万円)なら、いいわ」

 それはアマゾンで高級娼婦と呼ばれる女たちの値段より遥かに高い金額だったが、値切ったり諦めたりする男は1人もいなかった。全員がカルメンの言い値を払った、すぐに、男たちは稼ぎの殆ど全てをカルメンにつぎ込むようになった。

 数年後、カルメンの所有する金は10キロ(4000万円)を超えた。そして、その資金で雇主から鉱山を買いとった。

 その日以来、経営者となったカルメンは、いくら金を積まれても、ガリンペイロに身体を許すことはなかった。

クイジネーラとガリンペイロ。クイジネーラを巡ってガリンペイロ同士の殺し合いが起きることも珍しいことではない  (c)Eduard MAKINO
クイジネーラとガリンペイロ。クイジネーラを巡ってガリンペイロ同士の殺し合いが起きることも珍しいことではない (c)Eduard MAKINO

マンゴーと後日談

 それから30年以上が経った。

 カルメンの金鉱山は意外な場所にあった。私たちの取材拠点から8キロほどのところにガリンペイロが勝手に作った軽飛行機用の滑走路があるのだが、その滑走路のすぐそばだという。

 滑走路はいつも通っていたのに、なぜ気づかなかったのだろう。だが、それも仕方のないことに思われた。あれがそうだと言われても、とても金鉱山には見えない。小屋は朽ち、密林を穿った穴は再び密林に戻っていたからだ。森の中では、カルメンが植えたというマンゴーの畑だけが、食べる者のいない果実をたわわに実らせていた。

 カルメンの鉱山はすぐに経営に行き詰ったという。クイジネーラが次々に辞めていき、補充することができなかったからだ。食事の出ない鉱山にガリンペイロは集まらない。

 原因はカルメンにあった。クイジネーラを叱り、苛め、詰ったという。自由時間を認めず、執拗に監視したらしい。経営者となり立場が変わったカルメンは、クイジネーラに対し異常なほど厳しかった。

 その後のカルメンについて、確かな情報はなかった。若い男を誑し込んで南に行った。アル中で死んだ。鉱山を売ったお金を元手に置屋をやろうとしてヤクザに殺された。どの話も噂の域を出ないものだった。

 だが、その中に、気にかかる噂話があった。「カルメンは国境地帯のずっと奥の金鉱山でクイジネーラとして働いているらしい」というものだった。

 美貌を誇ったカルメンも既に60歳を超えているはずだ。そのカルメンが、ジャングルの奥の金鉱山で再びクイジネーラを始めたというのだ。

 2か月の取材を終え、下流にある拠点の街に戻る最中のことだった。カルメンが働いているかもしれない金鉱山に向かうガリンペイロの集団と出くわした。目つきの鋭い男たちばかりだったが、どうしても聞きたくなってカルメンのことを尋ねた。

 誰1人カルメンのことを知らなかった。カルメンという名の女はいないし、60近いクイジネーラも知らないという。

 別れ際、1人のガリンペイロがこう言った。

 「60過ぎのクイジネーラなんて、いるわけないさ。やっぱり、クイジネーラは若くなくっちゃな」

台所には、クイジネーラが貼ったキリストのカレンダーと、ガリンペイロが貼ったポルノ女優のポスターがあった (c)Eduard MAKINO
台所には、クイジネーラが貼ったキリストのカレンダーと、ガリンペイロが貼ったポルノ女優のポスターがあった (c)Eduard MAKINO

(次回に続く)

 大河アマゾンを遡った遥か先にある、暴力に彩られたガリンペイロたちの「王国」。NHKスペシャル「大アマゾン 最後の秘境」シリーズでは、さらに、私たちがいまだ見ぬ生き物の世界、文明社会と接触したことのない先住民族が生きる秘境も取材している。
 シリーズのラインアップは以下の通り。
第1集「伝説の怪魚と謎の大遡上」 4月10日(日)
第2集「ガリンペイロ 黄金を求める男たち」5月8日(日)
第3集「緑の魔境に幻のサルを追う」6月12日(日)
第4集「原初の人々 イゾラド」7月
※全てNHK総合テレビで午後9時から放送予定
まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中