ゴールドコラム & 特集

メルティング・ポイント

最近韓国で興味深いニュースがありました。(Livedoor newsより)

韓国では硬貨の最大の価値のものが500ウォン硬貨であり、それでも50円の価値しかなく、主に紙幣が中心に使われているのですが、それでも硬貨は存在しており、その中でも10ウォン硬貨(現在の価値で1円くらい)というのがこのニュースの主人公でした。



この10ウォン硬貨は1966年に誕生し、1983年と2006年の2回にわたって素材が一新されているらしいのですが、今回の事件は1983年の素材のもの。この2代目の10ウォン硬貨は、直径22.86ミリ、重さ4.06グラムでその成分のうち銅が65%、亜鉛が35%ということで銅の含有率が非常に高いいわゆる黄銅と呼ばれるものでした。このコイン、通貨としての価値は10ウォンであり、現在のレートでいうと約1円の価値しかありません。ところが、これに含まれる銅は2.6グラムあり、銅の価値で考えると25ウォン、つまり2.5円くらいの価値があることになります。つまり、実際の額面よりも2.5倍もの価値があることになり、これはいわゆる「メルティング・ポイント」を完全に超えた状況であり、当然のごとく次のような犯罪が起きました。

溶解工場を営む容疑者が仲間を集めて、今年5月から10月にかけて、この2代目10ウォン硬貨を600万個(総重量24トン!)も集め、これを溶解して銅にしてマーケットに販売したということです。彼らは3代目10ウォン通貨(直径18mm、重量1.22g、アルミニウムに銅メッキ)をまず大量に集め、それを全国各地の銀行に持ち込み2代目10ウォン通貨に交換するということを繰り返していました。もちろん、そんなことをすればすぐに足が付くのは当然です。この容疑者は今回の事件以前にも同じ容疑(法定通貨を意図的に傷つけること)で逮捕されており、また同じ罪で逮捕されたことになります。そもそも韓国ではこのような罪に対する刑罰が軽く、6ヶ月以下の懲役か、500万ウォン(50万円くらい)以下の罰金しかなく、これでは「やり得」と考えても仕方ありません。これまで5億ウォン分の10ウォン硬貨を溶かして、12億ウォンを稼いだ輩もいたようです。



このように、通貨の含有金属の価値が通貨の額面の価値と並ぶポイントを「メルティング・ポイント」(「溶解点」と訳せばいいでしょうか)と言います。つまり、その通貨を通貨として使うよりも、溶かしてその金属として使うほうが価値が高いということになる分かれ目のことをいいます。実際今回のこの騒動は、通貨の額面(10ウォン)としての価値よりも含まれる銅の価値の方が高くなり、経済的な行動(法律的な是非は別として)としては硬貨を溶かして銅として売却するということになります。そしてそれを実際にやった連中が多くいるということです。

日本でも以前「100円銀貨」において同じことが起こりました。1960年代に発行されて70年代にかけて流通していた100円銀貨(稲穂のデザインだったので通称稲穂銀貨と呼ばれました)は、銀60%、銅30%、亜鉛10%というメタルと品位で、量目は4.8gありました。



現在の相場で考えると銀価格が58円/gramであるとすると、4.8g×60%×58円 = 167円となり、もし今この100円銀貨が流通していれば、いっせいにかき集められて、せっせと溶解されて銀地金となって売られることになるでしょう。実は1980年初頭に米国テキサス州の石油富豪のハント兄弟が銀買占めをし、銀価格は1グラム30円台から250円まで急騰したことがありました。このとき、ありとあらゆる銀貨、そして銀食器などが買われ、どんどんと溶かされて銀として市場に還流しました。


(円建て銀価格の動き)


銅のような比較的価値の低い非鉄金属でもこのようなことが起きるのに貴金属のような価値の高いもの、特にシルバーのように値動きの荒いものだとなおさら、「メルティング・ポイント」の問題は往々にして起こりがちです。世界の通貨当局ももはやそのリスクを十分に理解したのか、近年では、いわゆる一般に流通する法定通貨(legal tender)としてはもはや貴金属を大きな割合で含むものは存在しないと思います。現在発売されている金貨は額面が無いもしくはあったとしても極端に低い額面で、実際はその時々のゴールドの価格で取引されているのものか、あとはアンティークなものや、枚数が極端に少ないコレクター向けのものとなっています。


岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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