コラム:株高予兆する金急落、「鬼に金棒」の好環境=武者陵司氏

コラム:株高予兆する金急落、「鬼に金棒」の好環境=武者陵司氏
4月26日、武者リサーチ代表の武者陵司氏は、最近の金価格急落は世界経済への警報ではなく、長期的な経済繁栄および株高の予兆として捉えるべきだと指摘。提供写真(2013年 ロイター)
武者陵司 武者リサーチ代表(2013年4月26日)
ここ最近の金価格急落は世界経済への警報であると見る向きが増えているようだが、筆者の見方は真逆である。むしろ長期的な経済繁栄および株高の予兆として捉えるべきであり、リスクテイカーにとって、それこそ「鬼に金棒」の投資環境が整ったと考えている。
過去100年間に金価格は1933年、80年、2011年と3度の急騰場面があったがいずれも長く続かず、その後は長期横ばい(33年から71年まで)、ないし長期下落(80年から2000年代初頭まで)という経過をたどった。今回も2011年にピークをつけた金価格は長期下落または長期停滞過程に入った可能性が濃厚になってきた。そこで金価格の歴史を検証すると、以下の3つの仮説(因果関連=法則性)がうかがわれる。
第1は、金と通貨制度との関連性である。金価格は金融経済危機の下で新通貨レジームが登場し、通貨供給量(期待)が高まった時に上昇してきた。最初は33年に米国で金本位制が放棄され管理通貨制度に移行した時で、1オンスあたり20ドルから35ドルに切り上がった。2回目の歴史的高騰局面は70年代後半から80年までで、この間、金価格は850ドルまで上昇した。これは、71年のニクソンショックによるドル金の兌換停止(それまで続いていた国際間取引における金本位制の崩壊)と、ペーパードル本位制の確立の過程で起きた。
つまり過去2回の金価格上昇は、通貨レジームの歴史的転換に際して起こったものと言える。2009年から最近まで続いた金相場の3回目の歴史的高騰局面の背景にも、先進国の量的金融緩和政策という通貨新時代の萌芽があった。
第2は、金価格と株価の逆相関性である。危機が深化し新通貨レジームが定着するまで、株価の不振(暴落と停滞)は続いた。つまり、金価格が上昇している間は、株価は低迷していた。しかし、新通貨レジームが機能するようになると購買力の金から株への移転が起こり、長期株高が形成され、逆に金価格は下落(33年以降は横ばい)に転じた。
第3に、金価格の急変動が経済拡大と長期株価上昇の起点となった。33年の金価格上昇は40年代から60年代までの株価10倍(ダウ工業株100ドル台から1000ドル台へ)の起点となった。また、80年代はじめの金価格の急騰と急落は99年までの株価10倍(ダウ工業株1000ドル台から1万ドル台へ)の入口であった。
以上の仮説をふまえた上で、リーマンショック以降の金価格の急騰と最近の急落を眺めると、80年代との著しい類似点が浮かび上がる。80年にピークアウトした金価格は82年に急落を開始したが、同年に株価は長期低迷の後、史上最高値を更新した。2013年は金価格の急落がやはり株価の史上最高値更新と同時に起こったという点で82年とよく似ている。加えて、インフレの鎮静化、長期金利の低下、ドル高の進行も82年と全く同じである。
今回も、前述したように先進国の量的緩和と軌を一にした金価格の急騰がまずあり、その後株高ともに金価格が急落したことを考えれば、株価の上昇率の大きさは別として、少なくとも同じ道(長期株高)をたどる可能性は十分にあると言えよう。
そもそも、金価格とマネー供給との間には強い関連性がうかがえる。米国のベースマネー残高を名目国内総生産(GDP)で除した比率は過去100年間で2回(30年代前半と2009年以降)急上昇しているが、いずれも金価格の高騰を伴った。
80年までの金価格上昇局面においては、そうしたベースマネー/GDP比率の上昇は起きていないが、実は非金融部門の実質負債が空前の急上昇をみせていた。70年代末の米国では物価の急上昇と名目GDPの急膨張が続いており、それに連動してマネーストックが積み上がっていた。その後80年代初頭に物価上昇率の急下降が起こり、信用の増加と資本の余剰が顕著になった。つまり、形は違えども、マネーの過剰感という意味では、状況は似ていたと言えよう。
<金価格上昇=購買力のプール>
それでは、なぜ金価格の急変動が経済拡大と株価上昇の起点となったのか。最も説得力がある仮説は、「金価格上昇=購買力のプール」説である。金需要には工業用や装飾用もあるが、中心は投機需要つまりポートフォリオ投資の一環としての需要だ。特に金の需要変動や価格変化という観点では工業用や装飾用需要は安定的であるので、投機的要素の影響が決定的である。そして、ポートフォリオ投資という観点から、金需要は他の投資対象の魅力が失われた時に高まってきた。
80年前後では、金はインフレによる通貨減価、金利上昇で証券価格が下落する際の避難先だった。2007年以降は情勢の不透明性が金選好の理由となった。原油などの資源インフレ、金融危機に伴う金融資産と不動産価格の暴落懸念、ドル紙幣に対する信認低下懸念などリスクが山積し、ヘッジの必要性が高まった。特に2005年頃より急速に巨大化した金価格連動型の上場投資信託(ETF)によって、金によるリスクヘッジ機能は一段と強められた。
このように金は過剰購買力を貯めておく、いわばプールであり、金価格上昇局面において過剰信用(=購買力)が蓄積したと言えるのではないだろうか。したがって、金に蓄積された購買力が金価格下落によって放出される時、つまり不透明性が解消し、金によるリスクヘッジが低下する時、経済は成長し株価は大きく上昇すると一般化できるのではないかと筆者は考える。今後、国際金融体制の再構築によりマネーの流通速度が回復していけば、やはり経済拡大と株高をもたらす可能性は十分にある。
それでは、今回の先進国による積極的な量的緩和がもたらす新通貨時代とはどのようなものなのだろうか。筆者は市場中心のマネー創造、すなわち「市場本位制」のような新通貨レジームに帰結するのではないだろうかと想像する。あるいは、ドルがより透明かつ効率的な通貨市場に立脚することになり、新たなドル本位制をもたらすのかもしれない。現代資本主義100年の通貨レジームの変遷を振り返れば、通貨供給の裏付けは金本位制の下での金から管理通貨制の下での国債(ソブリン債)に転換し、そして今、キャッシュフロー資産に進化しつつあるように思える。
<金価格下落はデフレの予兆でもない>
このようにみると、金価格に関する二つの悲観論の論理破綻もはっきりするのではないか。第一の悲観論は金価格とインフレとの連動性という指摘、つまり金価格はインフレの前兆という解釈である。
確かに、70年代のインフレ下、金価格は物価の騰勢とともに上昇し、その沈静化とともに急落した。しかし、30年代および直近の金価格の上昇は逆だ。金融危機が勃発しデフレ危機が高まり、長期金利が低下している局面で金価格は上がった。金価格と物価に明確な因果関連はないと考えるべきだろう。
第二は、あらゆる事象を悲観的な未来につなげる「ブラックスワン」論者による、金価格下落こそデフレ懸念の進行であるとする説である。確かに金価格下落とともに物価や長期金利も低下している。しかし、マネー量の増大によっても、マネーへの信認は失われるどころか、むしろ高まっている。目下、物価下落と長期金利低下が堅調な企業業績や株高基調、そしてドル高傾向と同時進行している点を見落としてはならない。悲観論者の論理的矛盾は、今や明らかではないだろうか。
*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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