「割高な金」が映す懸念(一目均衡)
編集委員 志田 富雄
ニューヨーク先物市場で2月下旬に一時1トロイオンス1344ドルと昨年4月以来の高値まで上昇した金の期近取引は先週末にかけて反落した。
それでも金先物の投機売買が16年ぶりの売り越しに転じ、金の出番はもはやなくなったと思われた昨年8月とは市場の風景が変わっている。
金利を生まない金にとって、金利上昇は強い下げ圧力になる。一人勝ちと言われた米国の経済にも先行き不透明感が強まり、利上げ観測は大幅に後退した。
今年以降の利上げを織り込みながら値下がりしてきた金に買い戻しが入ったことが、昨年8月の安値(期近で1161ドル台)から大幅に価格が上昇した主因だ。
マーケット・リスク・アドバイザリーの新村直弘代表によれば、現在の金価格は米国の実質金利との逆相関関係から導いた理論値に比べて200ドルほど高い水準にある。
金価格が割高ともいえる水準まで上がったのは、英国の欧州連合(EU)離脱や中東情勢の混迷、米中の貿易摩擦といった世界経済をさらに下振れさせる不安が解消しないからだ。
加えて、金融市場には米景気の悪化を加速しかねないリスクが積み上がっている。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストが指摘するレバレッジドローンの拡大が、典型的な事例だ。
レバレッジドローンは信用リスクの高い企業を対象にした融資だ。リーマン・ショック後に拡大し、1兆ドル(110兆円)を超す市場規模に膨らんだ。その融資を証券化してまとめたローン担保証券(CLO)も急増した。高い格付けを得たCLOには日本の金融機関の投資も多い。
信用リスクの高さゆえ、本来は財務が一定の基準より悪化した場合に貸し手が融資を回収できる財務制限条項が付く。しかし、最近はそのルールを緩めた融資が増えている。「貸し手にリスクを知らせる『炭鉱のカナリア』も役に立たない状況になっている」(木内氏)
超低金利で運用に行き詰まった金融機関や投資家は少しでも高い利回りを求め、高いリスクを内包する融資や債券投資に踏み込んだ。レバレッジドローンの財務制限条項が緩められた背景にも、世界の投資家の「利回りの渇望」がある。
リスク管理も厳格になり、リーマン・ショックにつながった証券化商品とは違う、との見方はある。だが、木内氏は「レバレッジドローン市場のリスクが顕在化していないのは過去10年、米景気の本格的な悪化という試練に遭遇していないからだ」とみる。
中前国際経済研究所の中前忠代表は「米中で膨らんだバブルはすでに崩壊の過程に入った」と考える。米金融当局は景気が悪化した場合にレバレッジドローンの負債が原因で経営破綻する企業が増え、景気の落ち込みが増幅されるリスクを警告している。
レバレッジドローンのカナリアは役に立たなくとも、金という別のカナリアが警告を発している可能性はある。
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