金1600ドル突破、マネーの新潮流を映す
新型肺炎で投資家の不安心理が強まるなかで、ニューヨークの商品市場で金先物が1トロイオンス1600ドルの大台を突破した。米アップルが1~3月期の売上高予想について「達成できない見込み」と発表し、新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大の影響が米国経済にも及ぶとの連想を呼んだ18日、金市場へのマネー流入が加速した。
年初に米国とイランの対立激化で瞬間的に1600ドルを突破しており、大台乗せは今年に入って2度目となる。だが、今回は新型肺炎の展開が見通せない市場環境ゆえ、「有事の金買い」は一過性とは言いがたい。
安全性を求めるマネーの潮流には変化の兆しがみられる。
新型肺炎への警戒感から、逃避マネーは金だけでなくドル買いを通じて米国債にも向かっている。その結果、米国債市場では長期金利が短期金利を下回る「逆イールド」が再発している。18日の米10年債利回りは1.56%、3カ月物財務省証券の利回りは1.57%となった。
この影響が波及した円建ての国内金価格は40年ぶりの高値を付けた。これまではドル安に反応してニューヨーク市場の金価格が上昇し、国内の金価格の上昇はドル安の裏返しである円高で相殺されることが多かった。しかし、今回はニューヨークでの高値が、そのまま国内の金価格に反映される展開となっている。
マネーの変調に伴い、欧州でも金の上場投資信託(ETF)買いの増加が顕著だ。
ユーロの対ドル相場は年初の1ユーロ=1.20ドル台から、ここまで1.08ドル台へ下げ続けている。そこで「ユーロキャリー」による金買いが目立ってきた。ユーロを借りて金を買い、金が上がれば売ってユーロを返済する取引だ。金価格の値上がり益に加えて、ユーロを借りることでマイナス金利分のリターンを得られる。
この取引のリスクはユーロ相場の反騰だ。投機的なユーロ売りポジションが膨れ上がっており、いずれ巻き戻しの買い急増は不可避の状況である。
新型肺炎による金高騰の死角は、需給にある。
中国は世界最大の金の需要国だ。特に春節(旧正月)の時期は「縁起もの」として金製品が集中的に買われる。しかし、今年はその実需が壊滅的な打撃を受けた。
金需要の世界一を中国と争うインドでも、高値圏のため金宝飾品が買い控えられ、逆にリサイクルのための売りが急増中だ。その結果、ムンバイの現地価格が、金の現物の世界標準であるロンドン価格より割安(ディスカウント)になる現象が起きている。今回の金価格の高騰は先物とETFへの買い主導で、現物の需給は大きく緩んでいることを示す。プロの視点では「ムンバイのディスカウント」は中期的な金売りのサインだ。
新興国の中央銀行による外貨準備としての金購入も、高値圏では徐々に減る可能性がある。
新型肺炎の感染が一段と広がれば、景気下支えへ米連邦準備理事会(FRB)が利下げに踏み切るとの観測も強まる。金利の付かない金への買いには追い風となろう。
米大統領選でトランプ氏再選となれば、同氏の2期目となる4年間は金融・資本市場は不安定になるとの予想もある。そうなれば金はますます買われやすくなる。
仮に民主党候補が勝利すれば、法人税の増税などで、ここまでの株高を支えたトランプ大統領の経済政策はリセットされる可能性がある。18日には民主党候補の一人であるブルームバーグ氏が株式売買などへの取引税を提唱し、関心を集めた。
結局、トランプ氏と民主党候補のどちらが勝っても金にとっては買い材料になる。ニューヨークで活躍するヘッジファンドは、金の持ち高を増やす傾向にある。カリスマ投資家であるレイ・ダリオ氏は、かなり金に入れ込んでいる。
金相場は強い上昇モメンタムが働いているが、1600ドルを超えてくると、需給の急速な緩みがボディーブローのように効き始める。これはギリシャ危機当時、史上最高値1900ドルを突破した過程でみられた需給環境に酷似し、既視感がある。
今後、膨れ上がった投機的な金買いポジションの巻き戻しと需給悪化要因が共振してきたら相場の天井となろう。1700ドルが上値のメドとなりそうだ。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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