豊穣にして無限。南米・アマゾン川をずっとずっと遡ったその先に「規格外」の人間たちが生きていた……。 4月にスタートするNHKスペシャル「大アマゾン 最後の秘境」シリーズ。その第2集「ガリンペイロ 密林に黄金を追う男たち(仮)」(5月放送予定)の番組ディレクターが、放送に先駆けて、アマゾン奥地の「今」を紹介する。 いくつもの支流を分け入った密林の奥、荒くれ者たちが作り上げた金鉱山に潜入した筆者は、映画『地獄の黙示録』さながらの、欲望と暴力と狂瀾に満ちた「王国」を見た。 トップアスリートたちが金メダルを競うリオ五輪開催の2016年、同じ南米の奥地には、「金」を求めるもう一つのリアルがある。

滝を越えて

 滝を駆け上がるたびに、ボートは激しく揺れ、時に飛んだ。余りに激しい水飛沫で、前を向くことも目を開けることもできない。私たちは、新たな滝が見えてくる度に身体を強張らせ、必死に耐え忍ぶしかなかった。

 だが――。さらに前方に待ち構えていたのは、高さ・水量・水音・流速の全てにおいて、これまでの滝とはまるで違っていた。ナイヤガラやイグアスにも比するような、巨大かつ暴力的な滝だったのだ。

 ここを越えようとすれば、重い船を陸地まで引き揚げて迂回するか、激流に流されることを覚悟で川に入り船を押すしかない……。いや、それは余りに危険だから、もはや引き返すしかないのではないか……。誰もが、そう諦めかけていた。

 ただひとり、船の最後尾に仁王立ちする船頭だけは皆と違っていた。先陣を誰にも譲ったことのない猛将のように肩をいからせると、70馬力のエンジンを全開にしたのである。爆音が鳴り響き、スピードがみるみる上がる。滝がどんどん迫ってくる。たまらず、大丈夫なのかと船頭に尋ねた。すると、船頭はにやっと笑い、酒焼けした声でこう言った。

 「この滝を越えることのできる船頭は広いアマゾンにも2人しかいない。俺はそのひとりだ。この先の金鉱山まで俺が何人運んできたと思う?」

行く手には23の滝が待ち構えていた  (c)Eduard MAKINO
行く手には23の滝が待ち構えていた (c)Eduard MAKINO

 私たちは23の滝を越え、遥か彼方にあるという金鉱山を目指していた。「ガリンペイロ(金を掘る者ども)」と呼ばれる男たちを取材するためだ。ガリンペイロは法に縛られず、時に人を殺すことも躊躇わないという。そんな彼らが密林の奥底で徒党を組み、あたかも独立国家のような「王国」を形成しているというのだ。

 この滝を越えなければ、彼らの「王国」に辿り着くことはできない。覚悟を決め、身体に力を入れた。その瞬間、機関砲のような猛烈な水飛沫が四方八方から飛んできた。またしても、私たちは身を屈めて耐えるしかなかった。

アマゾン広しといえでも、その激流を操舵できる者は僅かしかいない (c)Eduard MAKINO
アマゾン広しといえでも、その激流を操舵できる者は僅かしかいない (c)Eduard MAKINO

ゴールドラッシュ

 落雷で倒れた木の根元から10キロ(およそ4000万円)の金塊が出た。立ち小便をしたら地面から30キロ(1億2000万円)の金が顔を出した。ツルハシひと振りで64キロ(およそ2億5000万円)を掘り当てた男がいる……。

 武勇伝とも法螺話ともつかない話に端を発し、ブラジルでは幾度となくゴールドラッシュが起きてきた。そうした金鉱山の殆どはアマゾンの密林の中にあり、噂が広がる度に一攫千金を夢見る男たちの大群がジャングルに分け入った。1970年代後半に始まった空前のゴールドラッシュでは、100万とも200万とも言われる男たちが密林に殺到した。

 今、最も多くのガリンペイロが集結しているとされる場所はブラジルとスリナムの国境地帯にあった。私たちが目指していたのは、その最新のゴールドラッシュの現場であり、荒くれ者のガリンペイロだけが生きる、知られざる秘境でもあったのだ。

人と金が流れ込む街

 金鉱山の下流にゴールドラッシュに向かう者たちの拠点となっている街があった。金鉱山に向かう者や鉱山から金を持ち返った者が、ここで船旅の準備をしたり、掘り出した金を現金に換えるのだ。ゴールドラッシュ以降、街の人口は最も多いときで20万を数えたが、半数以上がガリンペイロだった。

 カネの集まるところには女も集まる。最盛期には1000を越える娼館があり、数千人の娼婦がいたという。アマゾンで最も娼婦が多い街。ブラジルの好き者たちは、拠点の街を密かにそう呼んだ。

 「金鉱堀りと娼婦の街」で最も畏怖の念を集めているのが、密林の奥深くに金鉱山を所有するガリンペイロの頭目たちだった。彼らは警察権力と対峙する「パワー」を保持し、部下を統べる「統率力」と「知力」にも優れ、広大な密林の中から金を探し当てる「運」にも恵まれていた。

 頭目の中でもずば抜けた力を持つ者たちは「ヘイ・ド・オーロ(金の帝王)」と呼ばれていた。ゴッドファーザーの如く、恐怖と尊敬が入り混じった敬称のように響いた。

取材中の筆者(左) (c)Eduard MAKINO 
取材中の筆者(左) (c)Eduard MAKINO 

3人のヘイ・ド・オーロ

 国境地帯にはヘイ・ド・オーロと称される男が、少なくても3人はいるという。私たちは彼らに接触を試みたが、取材交渉は難航を極めた。

 1人目の男は通称「ローマ教皇」と呼ばれる男だった(彼らの本名を知る者、語ろうとする者は街には殆ど誰もいなかった)。なぜ「ローマ教皇」というかというと、町一番の教会を持つ神父でもあったからだ。その傍ら、裏稼業としてジャングルに3つの金鉱山を持ち、自身が操縦するセスナでガリンペイロたちを金鉱山に運んでいるのである。「表の顔をつぶすわけにはいかない」。ローマ教皇はもっともらしい理由で取材を拒否した。

 2人目は通称「パオロ・ドイド」という男だった。ドイドは差別用語なのだが、あえて訳せば、「凶暴な(狂った)パオロ」となる。滝のために迂回を余儀なくされると頭にきて船をダイナマイトで爆破する。ウルブー(アマゾンのハゲタカ)が煩わしいといって機関銃で蹴散らす。誰もが彼の桁違いに凶暴な逸話を語り、近づかない方がいいと言った。取材は断念するしかなかった。

 私たちは3人目の男に全てを賭けるしかなかった。だが、その男も、いかにも一筋縄ではいかなそうな、大仰な名で呼ばれていた。

 男の名は「ジャブ・デ・オーロ(黄金の悪魔)」といった。

 〈黄金の悪魔〉と待ち合わせたのはホテルのロビーだった。狭いフロントにソファーが置かれているだけの殺風景な場所だったが、彼が登場した瞬間、くすんだ景色が変わった。

 その名の通り、〈黄金の悪魔〉は金ずくめだったのだ。金髪で、はだけた胸元には数本の太く重そうなネックレスを下げ、両手には黄金のブレスレットと時計が光っていた。身に着けていた金の総重量は5キロ(およそ2000万円)。全て、自分の鉱山から出た金を加工したものだという。

 金ずくめの身体でただ一点、黒く冷たく沈んでいるものがあった。窪んだ目だった。私たちを凝視する目には森の奥で獲物をじっと待つ、肉食動物にも似た獰猛な迫力があった。話を聞くあいだ、〈黄金の悪魔〉は一度も私たちから目線を逸らさなかった。

 彼がなぜ取材を了承してくれたのか。正直なところ、良く分からなかった。ただ、彼は3つだけ条件をつけた。鉱山の場所を明らかにしないこと。ガリンペイロの名前は本名ではなく通称や愛称にすること。自分の顔は映さないこと。そして、3つの条件を言い終えると、低音の掠れた声でこう言った。

 「俺を騙したらどうなるか……。そうなったとしたら、お前たちが、その結末を見れないことだけは、はっきりしているがな」

「ジャブ・デ・オーロ」は、5キロを超える金を着けて現れた (c)Eduard MAKINO
「ジャブ・デ・オーロ」は、5キロを超える金を着けて現れた (c)Eduard MAKINO

「悪魔」の王国

 拠点の街から〈黄金の悪魔〉のいる鉱山まで、雨季で3日、乾季で7日はかかる。私たちが訪れたのは雨季の真っ盛りの4月。23の滝を越え、絶え間なく降る豪雨にびしょ濡れになりながら、アマゾン最深部へと遡っていった。

 あと1日で到着という時だった。〈黄金の悪魔〉から「中継地点にある小屋で待機せよ」という無線連絡が入った。待機は4日に及んだが、彼はその理由を語ろうとはしなかった。

 後に知った理由とは以下の通りだ。

 ある日、彼の部下Aが酒に酔って部下Bと口論になり、Bの腹をナイフで刺した。部下Bと仲のよかった部下Cは怒り、近くにあった散弾銃で部下Aを撃った。結果、部下Aは死亡し、部下Bは瀕死の重傷を負った。こんな諍いは鉱山では日常茶飯事で普段なら揉み消すところだったが、私たちが来ることもあり、きちんと処理をすることにした。〈黄金の悪魔〉はセスナを呼び、Aを遺族に、Bを病院に、Cを警察に引き渡した。もちろん、その全てを私たち取材陣に見せたくはないので、しばらくは鉱山の手前の小屋で待機せよと命令した……。

 私たちが知り得ただけで、〈黄金の悪魔〉の金鉱山には前科者が9人、人を殺したことのある者が7人、刑務所を脱走してきた者が3人はいるという。

 滝の向こう側、私たちが辿り着いた世界とは、そういう場所だったのだ。

アマゾンの奥地に、金に憑りつかれた男たちの「王国」があった…… (c)Eduard MAKINO
アマゾンの奥地に、金に憑りつかれた男たちの「王国」があった…… (c)Eduard MAKINO

次回に続く)

 大河アマゾンを遡った遥か先にある、暴力に彩られたガリンペイロたちの「王国」。NHKスペシャル「大アマゾン 最後の秘境」シリーズでは、さらに、私たちがいまだ見ぬ生き物の世界、文明社会と接触したことのない先住民族が生きる秘境も取材している。
 シリーズのラインアップは以下の通り。
第1集「伝説の怪魚と謎の大遡上」 4月10日(日)
第2集「ガリンペイロ 密林に黄金を追う男たち(仮)」5月8日(日)
第3集「伝説の巨大ザル(仮)」6月12日(日)
第4集「イゾラド 未知の人々(仮)」7月10日(日)
※全てNHK総合テレビで午後9時から放送予定
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