自動運転からIoTまで、半導体の進化の「限界突破」に貴金属が必要な理由

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雨が降りそうな日には、光が点滅して持っていくべきだと教えてくれる傘、飲み頃を教えてくれるペットボトル、なくなるとスマートフォンに通知をくれる洗剤の容器 —— これは今の技術の先にあり得る、近未来の風景の1つだ。

IoT(Internet of Things)技術の進歩により、さまざまな「モノ」がネットワークに接続され、クラウドやスマートフォン、PCなどのコンピューターと連動していく。

20世紀からずっと進化してきた「半導体技術」がこうした世界の可能性を開いた。

しかし、その半導体の進化速度に限界が見え始めている。半導体を精密につくる微細化が進み、従来の方法では、製造が困難になってきたからだ。

半導体内部の微細化は、省電力化・高性能化と表裏一体だ。

さらに微細化を進めるための新しい技術や材料として、いま「貴金属」に脚光が当たっている。

どうやって貴金属が半導体を「救う」のか? 田中貴金属工業(以下、田中貴金属)の二人に話を聞いた。

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田中貴金属工業 新事業カンパニー技術開発本部 化学材料開発部部長で九州大学客員教授の榎本貴男氏(左)と、新事業カンパニーマーケティング部 チーフマネージャーの齋藤昌幸氏。

撮影:今村拓馬

半導体開発にブレークスルーが必要な理由

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半導体のもとになるシリコンウェハー。

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これまで2年周期で微細化を進めていた半導体の開発速度が落ちつつある——これは半導体業界を知る人たちの間で、ほぼ共通の認識だ。微細化により製造の課題が発生し、その対応にさまざまな技術開発や素材のブレークスルーが、いよいよ必要になってきたのだ。

その解決する素材として、貴金属の1つ「ルテニウム」が注目されている。

ルテニウムは、プラチナとよく似た性質を持つ貴金属だ。ジュエリーを作るときにプラチナに混ぜると、固くなり傷つきにくくなるほか、万年筆のペン先などにも使われている。

また、ハードディスクの記憶容量の向上に使われたり、化学薬品製造時の触媒としても使われている。

ルテニウム

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半導体の微細化で発生する問題の1つに配線材料の問題がある。半導体は、その内部で微細な「トランジスタ」を金属の「配線」でつないで製造する。

この配線が問題の1つだ。半導体が小型になるにつれて、配線も細くなってしまい、配線自体の「抵抗が上がってしまう」とともに、使っている間に劣化して断線してしまう「エレクトロマイグレーション」というという現象が問題視されている。

簡単にいうと、金属でできた配線に電気を流すと、金属の結晶が壊れてしまい、配線が切れてしまうのだ。壊れるのはごく小さな部分なのだが、半導体の耐久性にとっては大きな問題だ。

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田中貴金属工業 新事業カンパニー技術開発本部 化学材料開発部部長 榎本貴男氏。

これを解決するには、これまで利用されてきた銅とは違う特性を持つ金属を使う必要がある。榎本氏によれば、「その1つが、ルテニウム」で「貴金属としてのルテニウムが持つ性質が、エレクトロマイグレーションを起こりにくくする」という。

専門的な話になるが、半導体の配線層の製造では、配線を作る金属を気体化して、半導体の表面に付着させて配線を作っていく。これを「化学蒸着」(CVD:Chemical Vapor deposition)という。

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CVDの動作イメージ図。右の「Wafer」の上に浮いているものが気化した「プリカーサー」だ。

田中貴金属

このときに気体化する金属材料を「プリカーサー」(precursor。前駆体と訳される)と呼ぶ。プリカーサーは、単なるルテニウムの塊ではなく、CVD装置の中で100〜200度程度の低温でルテニウムが気化するような、特殊な有機化合物にしておく必要がある。

世界有数の産業用貴金属メーカー・田中貴金属は、プリカーサーとして使えるように加工したルテニウム化合物を独自に開発している。

一般に金属を含む有機化合物には、無限に近い組み合せがあり、その中からプリカーサーとして適切なものを「発見」するには膨大な手間がかかる。

実際、その探索には「何千種類もの化合物を調べる必要がある」(榎本氏)という。また、探す化合物は1つだけというわけではなく「顧客の製造方法などに応じた条件のものを捜す必要がある」(榎本氏)。

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しかし、「最近では、(計算機科学の発展による)コンピューター・シミュレーションにより、実際に化合物を作る前に性質などをある程度調べられる」(榎本氏)ようになってきたという。シミュレーションであらかじめ候補を絞っておくことで、試行錯誤の回数を大幅に減らすのだ。これにより、化合物の探索にかかる時間は驚異的に短縮されてきたという。化合物の探索は、早く発見するほど業界で優位な地位を確立できる。

それでも「1回のシミュレーションには、コンピューターを2カ月間動かし続けることもある」(榎本氏)という。コンピューター・シミュレーションを最新の研究現場に持ち込みはじめたのはこの2年ほどのことで、これは最先端の材料探索の手法だ。

貴金属を使って半導体のコストはどう変わる?

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従来、半導体内の配線には、アルミニウムや銅といった安価な金属が使われてきた。そんなところに高価な貴金属を使ってしまうと、製品が高価になってしまうのでは、とは誰もが考えるだろう。

榎本氏によれば、いくつかの理由で、半導体製造の中でも特に高度な技術や設備が必要となる、いわゆる「前工程」にも「貴金属が使われるようになる可能性がある」という。

1つには、微細化が進んだ結果、半導体自体やその中の配線層、さらには配線自体が小さくなってきたために、必要な金属の量も減ってきたということがある。

「使う量が少なければ高価な金属でもコストを押さえることができる」(榎本氏)というわけだ。

さらに「半導体の製造のコストには、製造装置やさまざまな技術開発といったものが含まれ、材料の価格が製品価格に占める割合はそれほど大きなものではない」(榎本氏)という点もある。

それでも製造開始直後には、コストがかかってしまう可能性はある。しかし、「いつの時代でも、コストよりも性能を重視する顧客が必ずいらっしゃる」(榎本氏)という半導体業界の特徴もあり、最初は、こうした顧客向けの半導体製品が作られることになると予測する。

「日々価格が変わる」貴金属をどう安定供給するか

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一方、貴金属には材料開発の難しさとは別の、特有の課題がある。それは「日々価格が変わってしまうという問題」(齋藤氏)だ。「貴」金属と呼ばれるぐらい貴重なものであり、市場で取引が行われているからだ。とりわけ、産業用途が需要割合の多くを占めるルテニウムなどプラチナグループの貴金属は、世界情勢や産業動向による需給の変化が市場価格を左右する大きな要因だ。

田中貴金属は、1885年(明治18年)から貴金属の取り扱いをビジネスとしてきた。世界規模でのネットワークを活かした調達力により、「原材料の確保については自信がある」(齋藤氏)と語る。

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田中貴金属工業 新事業カンパニーマーケティング部 チーフマネージャーの齋藤昌幸氏。

また、田中貴金属では製造装置の開発企業と協力し、世の中に出る前の段階から、新材料のリサイクル技術も開発している。たとえば、先ほどのCVD装置では、良好な膜を得るために気化した金属のほとんどが、半導体に付着せず、装置内のトラップと呼ばれる機構で回収される。「CVD工程は材料の利用率が低く、特にコストへの貢献度が高い」(斎藤氏)と、リサイクルも安定供給に寄与する要素になるという。

従来の半導体製造で使われていたアルミニウムや銅は価格が安かったこともあり、リサイクルはされてこなかった。しかし、貴金属材料の時代が近づき、メーカー側からのリサイクル需要が高まるだろうと齋藤氏は見る。

ただし、捕集されたルテニウムは、装置内にあったさまざまな物質からなる不純物を含んでおり、容易にリサイクルはできない。同社では、回収したルテニウムから不純物を取り除き、再度プリカーサー化する新たなリサイクル技術を開発した。「リサイクルを前提としてプリカーサーのコストを考えられる」(齋藤氏)ようにしたことも、価格を安定させやすい要素の1つになっている。

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田中貴金属が開発した、CVDにおけるプリカーサーリサイクル技術の概念図。

貴金属が創り出す「未来の半導体」

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ルテニウムによる配線の実現は、半導体産業にとっては、「さらなる微細化」という進化の障害が1つ取り除かれることを意味する。

微細化が進めば、半導体は、より高性能、より低消費電力になる。一般論として、同等の機能を実現するコストも下がるだろう。

コストが下がれば、これまでエレクトロニクスとは無縁と思われていたようなもの、たとえば衣料品や日用品、また体に貼り付けるような医療向けセンサーなどにも、マイクロプロセッサが搭載できるようになる。

現在のIoT技術でも、さまざまな「機能」を実現することはできるが、大きさやコスト、消費電力などの問題で現実的な実装には至らないのだ。しかし、半導体の進歩が、それを可能にすると考える人は多い。

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半導体業界の微細化ロードマップの一例。※1 BEOL:金属多層配線形成工程 ※2 MOL:トランジスタ形成と配線形成の中間工程

ルテニウムによる半導体「製造」は、 貴金属が持つ可能性の1つだ。他にも、貴金属が持つ特性が、今後の半導体を大きく変える可能性を持っている。たとえば、「貴金属を利用する半導体の1つが、次世代のメモリと呼ばれるSTT-RAM(spin transfer torque RAM)」(齋藤氏)だ。現在広く使われているDRAMに変わる次世代メモリ方式の1つとしてすでに製造が始まっている。

また、最新半導体には、完成した複数のチップを縦に積み重ねて高性能化する「3次元集積化」という技術があり、貴金属材料を利用することで、半導体を正確に配置積層する「自己組織化が可能になる」(榎本氏)という。

貴金属が、半導体をさらに進化させる。その背後には日本の技術が生きる —— そうした時代が近い将来やって来るかもしれない。




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