バッジは、なぜ消えた

議員の胸に輝くシンボル、金バッジ。
もちろん、本物の金でできている。
それが、「消えてしまった」というのだ。
現場は京都市。統一地方選の激しい選挙戦が繰り広げられるさなかに、何が起きていたのか。
黄金の輝きを、追った。
(京都放送局 森将太)

現場は、激闘の京都

「京都の激戦」をご存じだろうか。
京都市議会では、今回の市議選の前まで、自民党と共産党がわずか1議席差だった。
京都では、共産党が一定の支持層を保持していて、国政選挙、地方選挙ともしばしば激戦になる。今回の統一地方選でも、焦点はそこだった。

私、森は、去年から京都市政を担当している。
平成になる前年、昭和63年に生まれ、人生ほぼ平成の30歳。平成最後となるこの選挙には、何か因縁を感じる…というほどでもないのだが、とにかくしっかり伝えなければと、事前の情勢取材、票読み、当確判定、選挙戦リポートなどに追われた。

選挙の結果は、自民党が3議席差で第一党を維持した。
熾烈(しれつ)な選挙戦…当選した議員たちは、さぞ嬉しいだろう。
ところが、そんななか、私はある情報が気になっていた。せっかく当選したのに、議員たちに配るあの金バッジがないというのだ。
いったいどういうことだろう?追うことにした。

金のバッジ、6万1000円なり!

金色に輝く菊の花をかたどったバッジ。

京都市の市議会議員選挙のたびに、これまで当選者に配られてきた議員バッジだ。

純度の高い22金製で、価格は1つおよそ6万1000円。

市議会の事務局によると、少なくとも昭和62年から使われているという。つまり平成の時代は、議員の胸元でこのバッジが輝き続けてきたということだ。

さて、このバッジがなぜ…ともかく、京都市役所へ向かおう。

理由は、あっさり分かったが…

市役所の2階には、京都市議会の事務局がある。議会事務局というのは、議会に関わる事務を行ったり、議員をサポートしたりするセクションだ。

そこで、総務課長を務めていた津嶋俊郎さん(現在は異動して別セクション)が教えてくれた。

「それはですね、金メッキ製に変えるんですよ」

メッキ!?…22金を、金メッキのものに変えるということか。
事務局にバッジのビフォアー、アフターがあったので、見せていただいた。

さて、皆さんはどちらが22金で、どちらが金メッキか、お分かりだろうか。

正解は、左が「22金」、右が「金メッキ」だ。

…正直、私は形や色など、見た目では全く分からなかった。

「ちょっと、持たせていただいていいですか?」

許可を得て、手のひらに載せてみると…ああっ!

違う…微妙に違うぞ、これは。

ほんのわずかだが、22金製の方が、少しだけ重たいような気がする。

でも、もしかしたら「22金」のイメージに惑わされているのかも知れない。
貴金属には縁のない私の感覚では…心もとないことこの上なし。

その時、「あるよ」とカメラマンの井出さんが、おもむろに料理用のはかりを取り出した。

井出さん、ありがとうございます!なんとも準備がいいではないか。

バッジをのせてみると…ほらっ!

「22金」が10.5g、「金メッキ」が6.5g。ワタクシの感覚、正解!

22金製のほうが、4グラム重かった。

しかし、まあ、わずか4グラムの差で、議員の肩こりの具合が変わるわけでもあるまい。

ここまでくれば、だいたい想像はついていたが、津嶋さんが詳しく教えてくれた。

「22金製のバッジは6万1000円ほどでしたが、金メッキ製のバッジは9000円になります」

価格が6分の1。さすがにこの差は大きい。
1円玉で考えてみると、重さでは4枚分の差だけど、価格では5万2000枚分の差だ…なんていう比較が思い浮かんだ。

「市民の理解を得られない」

金メッキへの変更、決めたのは、京都市議会の議員たちだ。

京都といえば観光客の増加や地価の上昇など好調な経済を伝えるニュースも少なくない。

ただ、社会保障費は増加の一途(いっと)をたどっているうえ、近年は豪雨や台風などの被害も相次ぎ、極めて厳しい財政状況が続いている。市の借金にあたる市債残高は1兆6691億円に上り、市民1人あたりに換算するとおよそ113万円に。

こんな状況のなかで、高額なバッジに税金を使うことに「市民の理解が得られない」という判断だという。金メッキにすることで、大幅なコストの削減が見込める。

京都市によると、去年1月の時点で、全国20の政令指定都市のうち独自にバッジを作っているのは10の都市だという。このうち6つの市が「金メッキ」製を導入。残る4つの市はメッキではない。

このうち、横浜市と堺市は「18金」製。「22金」と比べると、純度が低く、安価だという。
最も高級なのが京都市と大阪市の「22金」製だった。

商売人の町、コスト感覚に敏感なイメージが強い大阪が最も高級?

一瞬、頭をかすめた疑問は即座に打ち消された。大阪市は落選するとバッジを返却する貸与制だという。それなら、納得できる。

一方、京都市は議員が当選するたびに配るため、最もコストがかかっていた。
「まずはバッジの金額を下げて、今後、必要に応じて制度を変更するという可能性はあるのかな、と思っています」(津島さん)

たかがバッジ、されどバッジ。

議員にとってバッジの重みとは、どのようなものなのか。「4gの差」で変わるものなのか。

それを知りたくて、私はとにかく長い期間、バッジを付けていた人物を探した。市議会の資料をひもとき、関係者から話を聞き…多くのかたが亡くなられているなか、「あの人なら市への貢献度も高い」「レジェンドだ」と評される人物が浮かび上がった。もちろん、すでに引退していて、私は会ったこともなかった。

その「大御所」のもとを訪ねることにした。

「大御所」のバッジ

京都市西京区にある住宅。立派な門構えを抜けて玄関へ。

ごめんください、NHKの森で…

…えっ、直立不動!!

この人物こそ、北川明さん(88)。

父親の後を継いで京都市議会議員を8期32年務め、議長も経験した。平成19年に政界を引退、地元では誰もが認める「大御所」だ。同じく政界を引退した自民党の谷垣禎一前総裁も「盟友」だという。

こちらも、背筋が伸びる思いで、調度品の数々が飾られた客間に通された。

北川さんが、別の部屋に向かっている間、私たちは、出されたお茶に手もつけられず、緊張して待った。

しばらくして、北川さんが、引き出しの付いた箱を両手で抱えて戻ってきた。

引き出しを開けてみると…。

手のひらサイズの小さな木箱がたくさんしまわれていた。ひとつひとつ開けていくと…

おおっ!議員の勤続表彰でもらったバッジなど含めて、次々と出てくる。

しかし、北川さんの様子が、少しおかしい。
「これも違う、これも違う…やっぱり1つ足りませんな」

京都市議選で当選した回数分の8つの「22金」のバッジがあるはずだったが、無くしてしまったものもあるのだという。

あの金バッジを無くしたのに、気づいていなかった…にわかには信じられないような話だが、そこには、思いもよらぬ理由があったのだ。

衝撃の事実、「金バッジ」つけてなかった!

バッジをつけていた、現役当時の写真を見せていただいた。

あれ、何か違うぞ…アップで見てみよう。

違う!明らかに別物だ。このバッジは何なのだ!?

「これは『指定都市議長会』のバッジ。こちらの方が大きくて『議員らしい』でしょう」

全国の政令指定都市でつくる「指定都市議長会」のバッジだった。見たとおり、22金のバッジではない。

このバッジは、初当選の議員に、京都市議会のものと一緒に配られるのだという。どちらをつけるかは、議員に委ねられる。北川さんは、指定都市議長会のバッジを好んで身につけていたという。

「議員たるもの身なりも大事」と、ネクタイや革靴など、身につける物にも徹底してこだわっていたという北川さん。22金の市議会のバッジではなく、こちらを愛用していた。

「これをつけていると、遠くからも見えて、電車に乗っていても、『あ、議員やな』というのがはっきり分かる」

北川さんは、市議会の中で、議会改革に積極的に取り組んだという。
議会改革を進める委員会の委員長を務め、当時の「政務調査費」の透明性を高める取り組みなどに尽力した。
今回、バッジが「金メッキ」にかわることには賛成だという。
どのようなバッジであれ、バッジ自体が持つ意味合いが大切だと考えているからだ。22金にこだわる必要など、どこにも、ない。

「どのようなバッジが最適かはそれぞれの議員の思いにお任せしなければならないが『自分の職責を全うする』『市民のために働く』という意味で、議員バッジをつけているということ自体が、有権者と心が通じ合っていることを示すひとつの印だと思う」

選挙で当選したときの高揚感を、つい最近の出来事のように熱っぽく語る北川さん。
“議員らしい”という見栄えだけのために、バッジを付けていたのではなかった。
「市民の先頭に立って『議員としてこれからやりますよ』という当選したときの気持ちをバッジが発信している。私は『初心にかえる』『自分を戒める』という意味でバッジをつけていた」

そうだったのか、と気づかされた。

「議員バッジ」に求められるのは、値段じゃない、重さじゃない、見た目でもなければ、数でもない。

そこに込めた、公約を実現する、有権者の声に応える、という熱い気持ちの表れが議員バッジなのだろう。

私たち取材班は、ようやく出されたお茶を飲み干し、北川さんのもとを後にした。

「重み」は変わらない

平成とともに姿を消す、京都市議会の「22金」製のバッジ。
メッキ製にかわっても、その「重み」は、けっして軽くなることはないだろう。
なぜならば、有権者の1票1票が込められた証なのだから。

そして、同時に願う。
当選した議員の皆さんが、その「重み」に応えられるよう、しっかりと汗をかいてくれることを。

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議員の方だけでなく、読者の皆様にも、地方議会の課題についてのご意見をいただきたいと思います。下の画像をクリックしていただけると、「ニュースポスト」が開きます。そちらにぜひ、「議員アンケートについて」などと書いて、投稿をお願いします。

【全議員アンケートについて】
NHKは、今年1月から3月にかけて、全国1788の都道府県・市区町村の議会と、所属する約3万2000人の議員全てを対象とした、初めての大規模アンケートを行いました。議員のなり手不足など、厳しい状態に置かれている地方議会の現状を明らかにし、「最も身近な民主主義」である議会のあり方について、有権者一人一人に考えていただく材料にしてもらおうというのが趣旨です。
約60%にあたる1万9000人余りから回答が寄せられています。集計結果をもとに、テレビ番組や特設サイト、そして週刊WEBメディア「政治マガジン」などで、統一地方選が終わる4月末にかけて「議員2万人のホンネ」と題したキャンペーン報道を行っていきます。

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京都局記者
森 将太
平成23年入局。和歌山局、福岡局を経て30年から京都局。京都市政を担当し、行政、経済、観光、文化などを幅広く取材。