「監視項目」だけではない。ESGは全体像をとらえることが重要

 今回は、ESGという観点で、プラチナ市場を分析します。コロナ禍で急速に存在感を強めているESGという考え方がプラチナ市場に及ぼす影響を考察し、今後の価格動向を展望します。

 ESGとは、ご存じの通り、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字です。近年、企業活動の監視項目、国連が提唱するSDGs(持続可能な社会を作るための17のゴール)を達成するための一手段、コロナ禍における人々の実生活を改善するための動機付けなど、さまざまな意味を持つようになってきました。

 Eの「環境」に関するニュースがひときわ目立つ(量が多い・受ける印象が強い)こと、Sの「社会」が広範囲を網羅するやや漠然とした概念であること、Gの「企業統治」がイメージしにくいことなどが要因で、EとSとGは独立しているように感じることがありますが、実際には、3つは以下のように関わり合っていると、考えられます。

図:ESGの全体像(イメージ)

出所:筆者作成

 上図より、E(環境)とG(企業統治)はS(社会)の一部であること、GとSの一部はEを維持・改善させる直接的な影響力を持っていることが分かります。

 GとSの一部に依拠する、世界的に関心が集まっているEが維持・改善されても、Sの一部が維持・改善されたに過ぎないことに留意が必要です。

E(環境)も、S(社会)も、プラチナの上昇・下落、両方の要因になり得る

 E(環境)はG(企業統治)とS(社会)の動向次第であること、改善・維持・発展させる対象をEという「部分」ではなく、Sという「全体」とするべきだと述べました。

 このようなESGの全体像を踏まえ、ESGとプラチナ市場の関連を考察します。以下は、ESGにおける諸項目と関わりが深いプラチナ市場におけるさまざまな要素と、それらから受け得るプラチナ価格への影響です。

図:ESGとプラチナ市場の関係

出所:筆者作成

 EもSもGも、さまざまな項目を抱えていますが、多くがプラチナ市場に関連していることがわかります。また、それらの項目が与え得る市場への影響はさまざまです。

 例えば、E(環境)における、温室効果ガス削減という項目は、プラチナ市場に「排ガス浄化装置※を搭載しない自動車が主流になる」という要素と「環境配慮関連の複数の需要が発生する」という要素を与え、自然や遺産の保護という項目は「乱獲抑制の動きが強まる」という要素を与えます。

※排ガス浄化装置は、自動車の内燃機関(エンジン:化石燃料を燃焼させて動力源を生み出す機関)とマフラー(消音器)の間に設置されています。この中にプラチナが使われています。触媒作用があるプラチナは、同装置内で内燃機関から排出される有害な物質の多くを、水と二酸化炭素などの無害な物質に変えています。同消費はプラチナの全消費のおよそ4割を占めます。(2018年)

 想定されるプラチナ市場への影響は、「排ガス浄化装置を搭載しない自動車が主流になる」という要素は下落要因、「環境配慮関連の複数の需要が発生する」と「乱獲抑制の動きが強まる」という要素は上昇要因、と言えます。つまり、E(環境)は、プラチナ市場にとって一概に、下落要因とも上昇要因とも言えないわけです。

 S(社会)も同様で、市民の意識向上により、排ガス浄化装置を搭載しない自動車の一つである「EV(電気自動車)」を重用する動きが強まれば、プラチナ市場に下落圧力がかかりますが、同「FCV(燃料電池車)※」を重用する動きが強まれば、上昇圧力がかかると、考えられます。

※FCV(燃料電池車)は、水素を充填して走行する自動車です。自動車に搭載した発電装置内で、充填した水素の電子が離れ、大気中の酸素がその電子を受け取ります。この電子の移動の際に、電気が起きます。装置内で起こした電気でモーターが回り自動車が走行します。プラチナは発電装置の電極部分に使われています。(FCV1台あたりに用いられるプラチナの量は、排ガス浄化装置を搭載する自動車1台に比べておよそ5倍程度と推測されます)

 人権問題や対話重視、開かれた市場・公正な取引(価格)において、鉱山労働者の人権を尊重する、生産者側の意向が市場に反映されやすくなる、などの動きが強まった場合、プラチナ市場に上昇圧力がかかると考えられますが、主要生産国の南アフリカでインフラが堅牢になり、鉱山労働に必要不可欠な電力の安定供給が実現して供給懸念が発生しにくくなった場合は、短期的な価格上昇が起きにくくなる可能性があります。