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パラジウム価格が3,000円台乗せ、価格高騰の真相は?

東京商品取引所(TOCOM)のパラジウム先物相場は、8月29日の取引で1グラム=3,000円の大台に乗せた。今年のパラジウム相場は2,441円で大発会を迎えたが、ちょうど8ヶ月で23%の上昇率を記録した形になる。TOCOMのパラジウム相場が3,000円台に乗せたのは2001年3月19日以来のことであり、これは13年5ヶ月ぶりの高値を更新したことを意味する。

こうしたパラジウム価格高騰の背景にあるのは、需要に対して供給量が決定的に不足していることだ。特にロシアからの供給が急激に落ち込んでいることが、国際パラジウム需給の不安定化を招いている。

ロシアからの資源輸出トラブルを聞くと、どうしてもウクライナ情勢の影響がイメージされ易いことは否めない。本日は、ロシア軍がウクライナ東部に侵入したとの報が、安全資産である金(Gold)の他、エネルギー、更には小麦やトウモロコシ価格まで押し上げており、パラジウムにも「ウクライナ銘柄」として買われた側面があることは確かである。

ただ、ここで注目しておきたいことは、ウクライナ情勢を取り巻く緊張状態は、パラジウム相場高騰の「きっかけ」ではあっても、「原因」ではないことだ。



■最大生産国ロシアの供給減が主因

実は、パラジウム価格の高騰はウクライナが地政学的リスクとして意識され始める前から始まっている。具体的な数値も見ておくと、昨年のTOCOMパラジウム先物相場は、年初の1,964円から年末の2,400円まで、年間で22%の上昇率を達成している。今年のパラジウム価格高騰はその延長線上で捉えるべきものであり、ウクライナというリスクイベントに反発しただけの相場とみると、トレンドを見誤ることになるだろう。もっと踏み込んで言えば、仮にウクライナ情勢が沈静化しても、パラジウム価格高騰という基調部分には変化が無いと考えている。当然に、ファンドのポジション調整で一定の下げ圧力は見られるだろうが、これでパラジウム価格高騰が終わる可能性は低い。

そもそも、ウクライナ情勢が緊迫化したからといって、ロシア産の資源輸出が大きく落ち込んでいる訳ではない。原油や天然ガスの他、穀物なども総じて通常通りに輸出されている。ロシアのエネルギー産業などが欧米の経済制裁の対象になっているが、現時点では同国産資源輸出を制限するような動きは本格化していない。

ただ、パラジウム需給において重視されるスイス通関統計をみてみると、7月のロシアからの輸入量は僅か6,500オンスであり、1995年7月以来で最低となっている。ロシア以外からの輸入量を合計しても1万0,100オンスであり、前年同月比ではほぼ半減している。7月のスイス通関では11万2,400オンスの輸出超過となっており、旺盛な需要に対してスイス国内の在庫を取り崩して対応していることが明確に確認できる。ちなみに6月も12万6,200オンスの輸出超過となっている。

■実は、ウクライナ情勢は余り関係ない

では、なぜロシア産パラジウム輸出が制限されている訳ではないにもかかわらず、同国からパラジウムが出てこないのだろうか。パラジウム価格はドル建てでも2001年2月以来の高値を更新しており、決して価格に不満があって輸出を絞っている訳ではない。また、ロシアが欧米に対する対抗策として意図的に輸出を絞っている訳でもない。

ロシア産パラジウム供給における最大の問題は、冷戦時に溜め込んでいた政府在庫の売却が終了したというより根本的なものである。ロシアは僅か4年前の2010年時点では、政府在庫から年間100万オンスを売却していた。しかし、昨年はこの政府在庫売却が10万オンスまで落ち込み、今年もほぼ同水準が想定されている。そして、今年で、この政府在庫はほぼ完全に枯渇する可能性が高いのだ。

すなわち、年間600万オンス超のパラジウム供給環境において、いま一つの供給項目が失われる時代を迎えつつあるのだ。ロシアは、パラジウム鉱石の品質低下で鉱山からの新産出量も減少しており、2010年時点では年間372万オンス供給していたのが、今年は僅か251万オンスに留まるというのが、英ジョンソン・マッセイ社の予測である。

これは、今後もロシアからのパラジウム供給が大きく回復することは難しいことを意味し、こうした供給構造の変化への対応が、パラジウム価格高騰の真相だと考えている。世界的に自動車や工業関連触媒などの需要が拡大する中、パラジウム供給サイドはもはや需要に対応できるだけの能力を有していない。ジョンソン・マッセイ社は、今年のパラジウム需給を161万オンスの供給「不足」と予測しているが、これは3年連続で供給が不足し、かつ、供給不足幅は過去最大になることを意味する。

■パラジウム価格高騰で実現して欲しいこと

この状況を打破するには、
1)ロシア、南アフリカ、北米、ジンバブエなどでパラジウムの増産を促す
2)自動車スクラップなどからのリサイクル供給増加を促す
3)買い控えやプラチナへの需要シフトで需要減少を促す
ことなどが要求される。

こうした需給構造の変革を促す引き金(トリガー)が、パラジウム価格の高騰と理解している。価格高騰で需要を抑制し、供給拡大を促す、教科書的な需給理論の働きが要求されている。特に、最も単純なのは需要に代替性があるプラチナへの需要シフトを促すことであり、プラチナ価格とパラジウム価格の価格差が急激に縮小していることもあわせて確認しておきたい。このまま需要の落ち込みや大規模な増産といった需給環境の変化がなければ、プラチナ価格とパラジウム価格はフラット(等価)状態に近づこう。



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プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

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