東京の金融街のほど近く、日本で最も地価が高く、歴史ある繁華街として知られる銀座。いまや多くの外国人観光客が訪れ、さまざまな国の言葉が飛び交うこの街の大通りに、創業1892年の老舗の宝飾店「GINZA TANAKA」はある。
宝飾品と聞いて誰もが思い浮かべる「ゴールド」に加えて、「プラチナ」を前面に打ち出し、日本ならではの職人の手仕事を凝らした精緻な貴金属ジュエリーには、世代を超えた国内外の根強いファンがいる。
多くのプラチナ製ジュエリーが並ぶ、GINZA TANAKA 銀座本店1階フロア。2017年に販売開始した「GT philosophy(ジーティー フィロソフィー)」コレクションは、20〜30代も含め幅広く人気を集めている。
日本文化に根付いた工芸品には、インバウンド観光客が足を止めていくことも多いという。写真は「純金製兜 龍」。
この「銀座」を代表する顔ぶれの一角をになう煌びやかなブランドが、実は産業用の貴金属材料や技術を提供している田中貴金属工業と同じグループ企業と気づく人は少ない。
田中貴金属グループ(以下、田中貴金属)は、貴金属のリーディングカンパニーとして、産業用、資産用、宝飾用の三事業を展開している。なかでも、貴金属を長く専門に扱ってきた知見や技術を生かしたリサイクルの技術は、世界有数のレベルだ。
リサイクルの中でも家電やスマートフォンなどの身近な廃棄物からおもに金属資源を再生させることを「都市鉱山」というが、貴金属資源においても都市鉱山が新たな脚光を浴びている。現代の都市鉱山を読み解くキーワードは、興味深い —— 「トレーサビリティ」と「機密保持」なのだ。2つのキーワードはどう関係してくるのか?
いま「都市鉱山」に注目が集まる理由
田中貴金属工業の「都市鉱山」を扱う、湘南工場。国内に複数のこうした施設を持っている。
鉄やアルミとは異なる意味を持たせて「貴金属」と呼ばれるのは、当然ながら、希少な金属だからだ。 田中貴金属工業 化学回収カンパニー リサイクル化成品営業部の小林純氏は言う。
「有史以来採掘された金の総量はご存知ですか? 約19万40トン(※1)、50mプールに換算すると約4杯分です。いま地中に埋蔵されている金は、まだ5万4000トン程度はあると言われています。しかし、そのほとんどが地下数百から数千メートルといった採掘困難な場所にあるのです。これまでと同じペースで鉱山から採掘するには、高いコストと、一定の危険を伴います」
(※1 出典:World Gold Council)
田中金属工業 化学回収カンパニー リサイクル化成品営業部の小林純氏。
こうした採掘量の少ない貴金属を、次から次へと買っては捨ててと繰り返せば、いつかは地球上からなくなってしまう。
「貴金属は、集積度の高い最新半導体や、“万が一”を起こさない高い耐久性が求められる自動車向けなど、私たちの生活に欠かせない重要な素材の1つになっています。
私たち田中貴金属は、1960年代から自動車の触媒、電子機器製造におけるプロダクションスクラップなどの本格的な回収・リサイクル事業を続けています。『都市鉱山』というのは比較的新しい言葉のように思われがちですが、実は50年以上前のその当時から使ってきました」
都市鉱山から作られた金。右上のトレーにあるのが、最終に近い精製工程となる金の粒「ささぶき」。ささぶきを高熱で溶かしてバー形状にしたものが、下の金地金(インゴット)だ。
提供:田中貴金属工業
私たちの身の回りの製品には、「金」などの「貴金属」が文字通り眠っている。都市鉱山の“埋蔵量”には調査会社により諸説あるが、向こう何年分もの需要を満たすほどというのが一般的だ。
日本は資源の乏しい島国だ。かつて「黄金の国ジパング」と呼ばれた時代ははるか昔で、日本各地の商業ベースの金鉱山のほとんどは閉山になり、今は鹿児島で1カ所が唯一操業するのみとされる。そんな中で、貴金属を安定入手するため、「リサイクルして高純度に精錬する」ことは有力な入手経路の1つだった。
日本にはそうした歴史的な経緯から、都市鉱山技術の高度なノウハウがある。なかでも、いち早く都市鉱山に先鞭をつけた田中貴金属は、一般によく知られる貴金属(金・銀)から、プラチナ、さらにイリジウムやロジウム、ルテニウムといったマイナー貴金属まで、高度な精錬と加工技術で、業界のトップ集団を走っている。
ハイテク産業がつくる「都市鉱山」の新たな需要
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都市鉱山が、近年は新たな視点で注目され始めた要因の1つ「トレーサビリティー」。これはどういう意味なのか?
金は市場価値が高く、流通させやすいため、紛争地(※2)で現地の武装勢力などの資金源になりやすいという問題をはらんでいる。これらは“紛争鉱物”(コンフリクトメタル)と呼ばれ、アメリカでは上場企業に対して使用抑制となる金融規制改革法を成立させている。
「大手メーカーにとって、製品に使われる原材料が自社のブランドを毀損するような“非合法な鉱物由来”でないかどうか、つまりコンフリクトフリーであるかは重要な社会的責任と捉えられています。
“出自が明らかな鉱物”という意味で、採掘由来のものが一切混じらない都市鉱山由来の材料ほど、明確な出自(トレーサビリティー)はありません。出自が厳密に管理された貴金属は通常の材料より価値が高い、という顧客ニーズも実際に出てきています」(小林氏)
(※2 紛争地:ここでは紛争地、およびそのリスクの高い地域の総称として使用)
TANAKAホールディングス CSR・広報本部 広報・広告部チーフマネージャー 島野和子氏。
「リサイクルの重要性が高まる社会環境のなかで、“ずっと昔から都市鉱山をやってきた”というのは我々の自負するところです。貴金属の流通を透明化させ、出自の確かな貴金属を提供することは、貴金属メーカーの命題と考えています」(TANAKAホールディングス CSR・広報本部 広報・広告部チーフマネージャー 島野和子氏)
都市鉱山が扱うスクラップは「秘密の塊」である
スマートフォンに代表される、小型で高性能・高密度な半導体実装が必要なスマートデバイスの内部は、それそのものが機密情報の塊だ。
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こうした技術的に高度な製品からの再資源化にあたっては、もう1つ高度なノウハウが必要なものがある。素材となる廃棄物そのものの機密性が高いということだ。
「当社が都市鉱山で扱う廃棄物は、端的に“秘密の塊”です。見る人が見れば、どんな材料を使い、どう製造されるのかがわかってしまう。だからメーカーとしては外に出したくない。一方で、再資源化には(コスト追求の観点で)積極的に取り組みたいという顧客企業は多いのです。
我々は機密保持は当然として、回収物に対するセキュリティにも相当なコストをかけています。そうやって、再利用できる形で製造元であるメーカーへ、精錬して戻すのです。これがメーカーにとっても大きなメリットとなっているのです」(小林氏)
次世代素材が「世に出る前」から回収技術を開発する
自動運転からIoT社会まで、貴金属需要は今後増える一方だ。
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社会における再資源化の重要性について、小林氏は「今後、都市鉱山が軽視されることは考えられない」と断言する。自動運転車実現のコア技術の1つとされる高精度なレーダーや、2020年までに300億台が普及するとの試算もあるIoT機器など、信頼性の高い貴金属素材を使った部品数が増えていくと考えられているからだ。
その一方で、都市鉱山での回収は「合金の技術開発などによって、おそらく難度が上がっていく」(小林氏)とも見込んでいる。しかし、そうした未来像は、むしろ自社の強みが生きると、田中貴金属は考えている。理由は、リサイクルを中核とした周辺事業とのシナジー効果だ。
田中貴金属グループの事業シナジー。各カンパニーの事業を、中核となるリサイクル事業がつなげ、シナジーを生み出している。
「当社は、貴金属を安定的に調達供給する貴金属カンパニー、自動車部品などに多く使用されている金・銀材料を扱うAuAgカンパニー、注目される燃料電池用触媒を手がける化学回収カンパニーなど6つのカンパニーを設けて事業展開しています。これらの中心にあって、各事業をつなげているのが、リサイクル事業(化学回収カンパニー)なのです。
“回収・精製”と“素材開発”の両方を手がけるメーカーは、世界でも数社しかありません。
次世代の合金材料のトレンドは、研究開発をしている技術部門が熟知しています。次世代素材が世の中に出る前に、回収手法の開発ができる。これが今まで以上に当社の大きなアドバンテージになっていくと考えています」