「金」で水素の吸収速度が40倍に、水素吸蔵合金の高性能化に期待蓄電・発電機器

東京大学の研究グループは、水素吸蔵材料であるパラジウムの表面に金を混ぜることで、水素の吸収速度が40倍以上高まることを発見。水素の貯蔵・輸送方法の1つとして注目されている水素吸蔵合金の大幅な高性能化が期待できる成果だという。

» 2018年07月24日 07時00分 公開
[長町基スマートジャパン]

 東京大学の研究グループは2018年7月、水素吸蔵材料であるパラジウム(Pd)の表面に金(Au)を混ぜることにより、水素の吸収速度が40倍以上高まることを発見したと発表した。

 近年新しいエネルギーとして注目を集めている水素。その利用拡大には、水素の輸送や貯蔵方法の確立が必要とされている。その1つとして、輸送が行いやすいなどのメリットから、水素吸蔵材料を利用した貯蔵方法の研究開発が進んでいる。

 水素吸蔵材料であるパラジウムは、水素を吸収する金属であり、水素のみを透過させることから水素純化膜の材料などとして利用されている。水素の透過には、水素の表面への吸着、表面から試料内部への侵入、試料内部での拡散の過程があるが、パラジウムでは表面からの水素吸収速度が遅いという問題があった。一方で金は水素を吸収せず、また表面にも水素をほとんど吸着しないことから、水素の吸収に対しては役に立たないと考えられていた。

 今回、東京大学の研究グループは、パラジウム単結晶の表面に金を蒸着して加熱することにより、表面にパラジウムと金の合金層を作成し、昇温脱離法と共鳴核反応法を用いて水素の表面付近での振る舞いについて調べた。−153℃に冷却したパラジウムに水素を吸収させた後に加熱すると、昇温脱離法では−120℃に試料内部に吸収された水素の放出によるピーク、27℃に表面に吸着した水素の脱離によるピークが見られた。一方で、表面に金の合金層を作成して同様の実験を行った場合、吸収された水素によるピークが増大し、表面に吸着した水素によるピークは減少して低温側にシフトすることが分かった。共鳴核反応法により水素の深さ分布を測定すると、金の合金層がある場合に、表面から数層深い領域で水素の吸収量が増大していることが明らかになった。

共鳴核反応法による水素の深さ分布。水素量に比例するガンマ線収量が金との合金化によって増加する 出典:東京大学

 さらに金の合金層の厚さよりも深い位置での水素量も増大しており、金の合金層が表面から試料内部への水素の侵入速度を加速する役割があることを見出した。昇温脱離法で得られるピーク面積から表面での金の濃度に対する水素の吸収速度の増加率を調べると、金の濃度が約440%の場合に水素の吸収速度は最大となり、純粋なパラジウムに比べて40倍以上加速されることを発見した。これまで水素の吸収を阻害すると考えられていた金が、水素の侵入速度を加速する効果があることを示したことになるという。一方で、金の量を増やし過ぎると吸収速度は減少した。

 水素の侵入速度の加速は理論計算によっても説明され、金と合金化することにより水素が表面でエネルギーが高い状態となり、水素が試料内部へ侵入するために越えなければならないエネルギーの壁(拡散障壁)が相対的に低くなり、その結果水素が侵入しやすくなっていることが分かった。さらにその起源を明らかにするために表面の電子状態を光電子分光法により測定した。その結果、パラジウムの電子状態が金との合金化により変化することを明らかにし、過去に提案されているモデルを用いて、水素が表面でエネルギーが高い状態になることを説明した。

 水素のエネルギー利用の鍵となる、水素純化膜や水素貯蔵に向けた水素吸蔵材料の開発が近年進められており、同研究の成果はそれらの大幅な高性能化に役立つことが期待される。また試料内部に吸収された水素は表面にやってきた際に特異な化学反応を起こすことも報告されており、吸収された水素を利用した新奇触媒の開発にもつながると考えられる。今後は同研究の発展として、パラジウムや金以外のより安価な材料への展開、水素吸収の促進メカニズムのより詳細な解明を目指して研究を行う予定だ。

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