アングル:「危機を愛する金」、コロナでも通用するか

アングル:「危機を愛する金」、コロナでも通用するか
4月27日、昔から「金は危機を愛する」という相場の格言がある。写真は16日、バンコクの店頭で取引される金(2020年 ロイター/Jorge Silva)
[ロンドン/ムンバイ/ニューヨーク 27日 ロイター] - 昔から「金は危機を愛する」という相場の格言がある。投資家が資金の逃避先を求める中、今年の金相場は年初来で13%上昇し2012年以来の高値を付けた。一段の上昇を見込む声も多い。格言はこれまでのところ、新型コロナウイルス危機でも通用するように見える。
もっとも個人も政府も収入の落ち込みを目の当たりにしている。伝統的に金の買い手であるインドや中国の消費者は購入を減らし、各国の中央銀行も金購入を削減している。こうした需要がなければ、金の一段の上昇を維持するのは難しいかもしれない。
金は経済混乱、資産や通貨の価値減少の可能性を懸念する投資家から安全目的の買いを集めている。2011年に価格が1オンス=2000ドル目前の過去最高値を付けたのと似た強気相場を予想する投資家もいる。バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチは、年末までに3000ドルを付けるかもしれないとさえ予想する。
しかし、過去の値動きが何らかの参考になるとすれば、金が本格的にさらに上昇するには一定期間、需要増加が続くことが必要なのだ。
モルガン・スタンレーの首席クロスアセットストラテジスト、アンドルー・シーツ氏によると、インフレが金を押し上げるとか、政情不安などで金が上がるといったことをよく聞くが、値動きはそれほど簡単ではないという。
<流れに乗れ>
過去50年で金のめざましい強気相場は2回あった。
最初の急騰は1970年ごろ、世界で金本位制が崩れ、金の個人保有規制が緩和された局面だ。コーク大学のファーガル・オコナー氏によると、たまっていた金需要の拡大が解き放たれた。政情不安や経済混乱、投機ブームを背景に、35ドルだった金は80年には800ドル近辺に上昇した。
これが天井を付けると、20年にわたる相場低迷期を迎える。各中銀が大量売却に動いたのがきっかけだった。1999年には一時、250ドルまで下がった。
そこで潮目が変わる。市場構造が変わったのだ。欧州の各中銀は金売却の協調で合意し、相場は安定した。中国も個人の金保有規制を緩和し、市場での金購入は急増した。金を原資産とする上場投資信託(ETF)も登場、個人が金に投資するのを容易にした。
ワールド・ゴールド・カウンシルによると、金の年間需要は2003年から11年にかけて、約2600トンから同4700トン超に拡大した。
この相場上昇は、高値を嫌った需要減退で終わる。その後は昨年まで、金価格低迷が続いた。しかし、各中銀の利下げが相次ぐにつれて、債券利回りの低下とともに、利息を生まないはずの金投資の魅力が再び増すことになった。
<金にしがみつけ>
08年に金融危機が訪れたのは、直近の金相場上昇局面のさなかだった。つまり、金融危機は値上がりをさらにあおった。
金融危機の初期には金融資産が幅広く急激に値下がりしたため、投資家は換金可能なものは何でも売らざるを得なくなり、金相場が急落する場面があった。新型コロナの世界的大流行が市場のパニックをもたらした今回も、同様のことは起きた。
しかし08年も今年も、各中銀が大量の資金供給に動き、債券利回りは低下。インフレが起きて他の資産や通貨の価値が目減りするリスクを避けるため、投資家は金に戻った。
バンク・オブ・アメリカのアナリストらは、大半の主要国でゼロ金利ないしマイナス金利が極めて長期化すると指摘する。一部の投資家は、中銀の資産買い入れが紙幣の印刷と同じ作用をもたらし、ドルの価値を減じて、金の魅力が再び増すことになるとみる。バンク・オブ・アメリカによれば、米連邦準備理事会(FRB)は「金を印刷することはできない」。
<中国の買いは過去のものか>
08年以降、金市場では中銀だけでなく個人からの需要が高まった。中銀は売り手から買い手に転じた。さらに中国のような新興国からの需要も高まっていた。中国の金消費量は03年はわずか200トン強だったが、11年には1450トンに拡大した。
今や、ロシアの中銀などは経済浮揚に追われ、金購入を減らしている。
中国とインドの金市場の成長も約10年前に頭打ちになり、今回、新型コロナによる封鎖措置で事実上、崩壊した。何百万人もの失業者が出ただけでなく、ドルが上昇すれば人民元建てやルピー建ての金価格はさらに割高になるからだ。
インド金地金宝飾協会のスレンドラ・メフタ事務局長は「国民の可処分所得が減る一方、金価格は上がっている」と述べ、同国で金の販売はさらに減るか、買い手はまったくなくなるとの見通しを示した。
消費者が金を手放す可能性もある。タイでは今月、街中で現金を得るための換金売りの長い行列ができた。HSBCのアナリストによると、今年の売却で市場に供給される金は過去最高水準に近づくと見込まれる。
インドの宝飾業界団体の会長によると、同国の今年の金消費量は350トンにまで下がり、昨年の約700トンから大幅に落ち込む可能性がある。
リフィニティブ・GFMSのコンサルタント、サムソン・リー氏によると、中国の需要も昨年の950トンから640トンに減る可能性がある。
<金融商品で実物買い>
金価格が上昇するには、需要の落ち込みが他で穴埋めされる必要がある。これまでのところ、ETFでそれが起きている。金を原資産とする金融商品であるETFの金投資は、年初から400トン以上増えて3300トンを超え、評価額では約1800億ドル(約19兆3000億円)と最高規模になった。
資産運用会社スプロットのピーター・グロスコプフ最高経営責任者(CEO)は、金でのヘッジ需要がずぬけたものになると予言。「不安な投資家は十分すぎるぐらいいる」と話した。
ただ、金価格がさらに急騰することに懐疑的なアナリストも多い。
年末に3000ドルの強気予想をするバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチですら、来年の平均価格は2063ドルに下がり、それから数年は2000ドル以下で推移するとの見方だ。

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