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金価格は史上最高値圏「熱狂」はいつまで続くのか

エコノミスト編集部
 
 

 新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、金が史上最高値圏の1トロイオンス(約31グラム)=1950ドル程度で推移している。その理由はどこにあるのか。週刊エコノミスト9月22日号の巻頭特集「まだまだ上がる 金&貴金属」よりお届けする。【エコノミスト編集部・浜田健太郎/柳沢亮】

「資産として金を持ちたい」

 「1980年に金価格が当時の最高値を付けたころのブームは数週間で終わったが、今回は小さなブームが1年以上続いている」--。貴金属国内最大手、田中貴金属工業の加藤英一郎・貴金属リテール部長はこう話す。今年7月27日にドル建て(ニューヨーク金先物価格)、円建て(田中貴金属の税抜き小売価格)ともに過去最高値を更新した金。その後も高値圏での推移が続き、国内の個人にも関心が広がっている。

 
 

 加藤氏によると、田中貴金属では金現物と定期的に定額を購入する「純金積立」の今年7~8月の販売量が昨年1年間の月平均に比べて2倍に急増。1~7月の新規申込数も前年同期比で2倍に跳ね上がったという。「金価格が高騰する局面では過去、1対9の割合で(店側が)買い取ることが多かったが、今は販売するほうが多い」(加藤氏)のが特徴だ。

 大手百貨店で金製品の販売や貴金属の買い取り店舗を展開するSGC(東京都中央区)でも今年6~8月、百貨店の催事場8カ所で開催した「大黄金展」での販売金額が前年同期に比べ2~3割増えたという。松崎圭将・関東高島屋統括次長は「今までの顧客は65歳以上の富裕層主体だったが、現在は40代にも広がっている。投資目的というより、資産として金を持ちたいという動機が高まっている」と話す。

 
 

 世界的にも金市場に投資マネーが集まっている。それを示すのが、金価格に連動するETF(上場投資信託)への資金流入だ。金の国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、今年1~6月の金ETFへの資金流入は395億ドル(約4・2兆円)と過去最高を記録。ETFが裏付けとする金の購入量は734トンにのぼり、年間での過去最高だった09年の646トンを大幅に上回った。

米ドルの価値が目減り

 金価格は第2次オイルショック後の80年に当時の最高値を付けた後、長く1トロイオンス=1000ドルを下回る状態が続いていた。2000年代に入って上昇に転じ、リーマン・ショック(08年)を経て11年9月、1923ドルのピークに達する。その後はしばらく1200ドルをはさんで推移していたが、再び上昇に転じたのは18年末ごろからだ。

 
 

 なぜ今、金価格が高騰しているのか。金融市場で着目されているのが、米国の「実質長期金利」がここ数年低下を続け、今やマイナス圏に沈んでいることだ。実質長期金利とは、名目長期金利の指標である米10年債利回りから、米国の期待インフレ率(市場が予想する将来のインフレ率)を差し引いたもの。これが「マイナス」の状態とは、米ドルの価値が実質的に目減りしていることを意味する。

 米ドル建てが世界的な指標価格になっている金は、ドルの価値の裏返しでもある。そのドルの価値が実質的に目減りする以上、金価格も上昇するという理屈だ。実際、12年に金価格がピークを付け、高値圏で推移した時も、実質長期金利はマイナス圏に沈んでいた。そして今、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和に踏み切ったことで、実質長期金利は再びマイナス圏に突入する。

 
 

 コロナ禍は容易には収まらず、FRBの金融緩和も当面続く可能性が高い。多額の資金を運用する年金基金など機関投資家にとって、こうした環境変化には敏感にならざるをえない。WGC顧問の森田隆大氏は「実質のマイナス金利がしばらく続くと見込まれる状況では、機関投資家は債券運用が難しくなる。その代替の投資先として金が選択されている」と話す。

 機関投資家が金投資の主要手段に位置付けるのがETFだ。上場株式のように市場で手軽に売買でき、金市場への潤沢な資金流入を支えている。世界最大の金ETF「SPDRゴールド・シェア」を日本で扱うステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ日本法人の杉原正記ETFビジネスヘッドは「今後は(機関投資家が)金を中核資産として捉え、長期的に金を(運用資産に)組み入れる動きが高まると考える」とみる。

高値圏でもなお金地金への関心は高い(東京都中央区のギンザタナカ銀座本店)
高値圏でもなお金地金への関心は高い(東京都中央区のギンザタナカ銀座本店)

膨らむ米財政赤字が金価格を押し上げ?

 金は今後、どこまで上昇するのか。商品アナリストの小菅努マーケットエッジ代表は「今後1年間で1トロイオンス=3000ドル程度まで上昇してもおかしくはない」と指摘する。小菅氏がその根拠とするのは、米国の財政赤字と金価格の連動性だ。長期的には米国の財政赤字が膨張するにつれ、金価格も1年から1年半ほど遅れて上昇している傾向が読み取れる。

 新型コロナ対策として米国は多額の財政出動を余儀なくされており、米議会予算局(CBO)が9月2日に改定した財政見通しによると、20会計年度(19年10月~20年9月)の財政赤字は前年度比3倍の3.3兆ドル(約350兆円)に急増する。未曽有の財政赤字の膨張は米ドルのさらなる価値低下につながりかねず、これがさらに金価格を底上げするとのシナリオも現実味を帯びる。

 世界の基軸通貨として君臨してきた米ドル。そのドルが実質的に目減りする中で、金価格は新たな次元に到達した。金は経済成長を続ける中国やインドで現物需要が底堅く、中国やトルコなどの中央銀行も外貨準備として積極的な金購入を続ける。金はこれからも価値を保つ資産として、その輝きが失われることはない。

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 この記事は、週刊エコノミスト9月22日号の巻頭特集「まだまだ上がる 金&貴金属」の記事をウェブ用に編集したものです。連載「週刊エコノミスト・トップストーリー」は原則、毎週水曜日に掲載します。

週刊エコノミスト9月22日号

 
 

藤枝克治編集長率いる経済分野を中心として取材、編集するチーム。経済だけでなく社会、外交も含め幅広く取材する記者の集団であり、各界の専門家にコラムや情報提供を依頼する編集者の集団でもある。