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ブルートゥスの金貨が4億円で落札

2020年は世界中が様変わりした年でした。今年の1月から始まった新型コロナウィルスの流行は、結局収束しないまま一年を経ようとしています。国や社会を超えて、共通の話題で一年間も振り回されるのは本当に珍しいことだと思います。

今年の師走も新しい生活様式に沿った、例年にない形になるでしょう。今回の年末年始は穏やかに、そして何より健康に過ごしたいものです。

 さて、先月の末にロンドンで行われたコインのオークションで、世界記録となる落札額が叩き出されました。このニュースはCNNなどのネットニュースでも報じられ、ご存知の方も多いと思われます。

▼カエサル暗殺を記念した希少金貨, 3億6500万円で落札 記録更新

記事ではブルートゥスが発行したアウレウス金貨が270万ポンド(£1=135円で計算・・・3億6500万円)で落札され、古代ローマコインのオークション落札価格では過去最高額だった旨が伝えられています。

 このオークションの手数料は落札額に対して20%ですので、落札者が支払う金額は総額324万ポンドとなり、日本円で4億3740万円になる計算です。

一枚で4億円超えのコイン、自宅に置いておくのも不安になる宝物です。
今回落札されたブルートゥスの金貨はこちら↓


カエサル暗殺を記念した希少金貨

紀元前44年3月15日にユリウス・カエサル暗殺を実行した一人として知られるマルクス・ユニウス・ブルートゥス、彼が最後の戦いに挑む直前の時期に発行したアウレウス金貨。紀元前42年の夏~秋頃に製造された一枚です。

 8g、19mmの小さな金貨ですが、NGCの鑑定ではMint State(完全未使用)、ファインスタイルの高評価を受けた素晴らしい保存状態です。

 表面にはブルートゥス自身の横顔肖像、裏面は自由と解放を示すフリギア帽と二本の短剣、3月15日を示す「EID・MAR (=Eidibus Martiis)」銘が表現されています。

まさしくブルートゥスによるカエサル暗殺を誇示するための意匠であり、古代ローマ史の重要な場面を象徴するかのようなコインです。この金貨はブルートゥスがローマを離れて小アジア~マケドニアへ移った後、軍団を率いていた時期に製造されたものとされ、全く同じデザインのデナリウス銀貨も発行されています。

オークションカタログによるとこの金貨は現在、世界で3枚しか現存が確認されておらず、一枚は大英博物館、もう一枚はドイツ連邦銀行のコレクションに帰属するそうです。特に今回落札されたこの金貨は未使用状態、打ち出しも美しく良好ということもあり、歴史的価値、希少性、状態の良さによって最高額が出たものと思われます。

 来歴も詳しく判明しており、かつてオーストリア皇帝フェルディナント1世(在位:1835-1848)の侍従だったスイス人考古学者グスタフ・フォン・ボンシュテッテン男爵(1816-1892)のコレクションにも加えられていた、由緒ある金貨です。

アメリカの貨幣学者ウェイン・G・セイルズ氏の『Ancient Coin Collecting III』(1997)によるとこの金貨はもちろん、デナリウス銀貨ですら大変な希少性があり、現存が確認されているものは60枚に満たないと記されています。

 この当時、軍団を率いていた司令官は兵士への給与や物資調達費用を賄う為、自陣営内で独自のコイン(*ほぼデナリウス銀貨)を製造・発行することが慣例となっていました。そのためカエサルやアントニウス、ポンペイウスなどの名が刻まれたコインが多く発行され、地中海の各地で使用されました。

ブルートゥスも例外ではなく、ローマから東方に移った後に独自コインを発行しています。

この時期のブルートゥスの行動や葛藤については、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』で詳しく描写されています。映画化もされているのでそちらもぜひ。

しかしこの「EID•MAR」コインは金貨で3枚、銀貨で60枚未満しか確認されておらず、現存数の少なさが際立っています。通常、兵士への給与や物資調達を目的に製造したならば、短期間の間とはいえ大量に発行、使用されたはずであり、現存数もある程度多いと考えられますが、このタイプに関しては極端に少ないのです。

そもそも、ブルートゥスが自らの肖像をコインに刻ませること自体が極めて異例であり(*カエサル以前は存命中の人物をコインに表現することはタブーとされ、ブルートゥス自身も元老院で反対を表明しました)、あまりにも狙ったような意匠から、本質的に使用や流通を目的としたコインではなく、あくまで「記念品」としての性格が強いコインである可能性があります。ごく近い仲間や支持者たちに対して勲章のように進呈したものだとすれば、大量に発行せずごく少数を生産したのみに留めたと推察できます。

このコインが発行された同年、紀元前42年10月のフィリッピの戦いにおいてブルートゥスはマルクス・アントニウス、オクタヴィアヌスの連合軍に敗れて自決します。敗者となった軍勢が発行したコインを大切に保管した者は多くなかったと考えられることから、現存数が極端に少なくなったとみられます。


紀元前42年にブルートゥスが発行したデナリウス銀貨

上の金貨とほぼ同時期に造られ、一般兵士に配られたとみられるタイプ。

表面には月桂冠を戴くアポロ神、裏面には武具で作成した戦勝トロフィーと「IMP BRVTVS (最高司令官ブルートゥス)」銘が表現されています。

フィリッピでの戦いに際してブルートゥスは、配下の兵士たちに対して一人当たり1,000デナリウスを配って忠誠を得ようとしたと伝えられています。

対するマルクス・アントニウスは一人当たり5,000デナリウス、百人隊長には25,000デナリウスの破格の報酬を約束し、軍団の士気を盛り上げて勝利を得ました。

しかしこの記念的コインは数が少なくほとんど流通しなかったにも関わらず、当時のローマ人にも知られた存在になりました。2世紀 五賢帝時代の歴史家カッシウス・ディオはブルートゥスについて述べた一文で、「彼が発行したコインには彼自身の肖像とともに、帽子と二本の短剣が表現されていた」と記述しています。

皮肉にも戦いに敗れたブルートゥスは、コインを通して自らの主張を後世にまで宣伝することに成功したのです。

世界で三枚しか存在しないブルートゥスの金貨。ローマ史の、そして人類の歴史にとっても大変重要な宝物となりました。まさに博物館級の、世界遺産と称しても良い一枚です。この貴重な金貨を入手した幸運な落札者は誰なのか?とても気になりますね。


自身のプロパガンダのために発行したコインが2000年後にはこんなに高い評価を受けているとは、ブルートゥス自身が一番驚いていることでしょう。


World Cin Gallery

プロフィール

藤野 拓司

Fujino Takuji

ティアラ・インターナショナル株式会社 ディレクター

福岡県出身。早稲田大学卒業。古代ギリシャ・ローマコイン コレクター。コインジュエリー メーカー&卸売業、30年の実績。国内・海外コイン商との直接取引、25年?、国内・海外コインオークション、参加25年?(主としてロンドン・ニューヨーク)

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