「バーゼル3」金市場の根幹を揺らす 極論の流布には要注意
国際資本規制「バーゼル3」で金現物はリスクフリーの「中核的自己資本(Tier1)」とされ、現金と同等の安全資産とみなされる。
しかし、金がインターバンク(銀行間)などプロの間で売買される場合に、取引ごとに大量の金の現物をA銀行の金庫からB銀行へ移送するわけではない。実際には巨額の現物金の在庫を英ロンドンに置き、所有権移転を貸借記して決済する。これをロコ・ロンドン取引と呼び、スポット金売買の世界基準になっている。ロンドン市場の金価格はたとえば、金上場投資信託(ETF)の基準価格算定に使われる。ロンドン市場における巨額の金地金在庫は、大手商業銀行やイングランド銀行(BOE)の金庫にまで保管されている。
問題は、この金市場特有で「混蔵保管」と呼ぶ保管方式をバーゼル3は例外扱いせず、「Tier1」として認めていないことだ。このままゆくと、「混蔵保管」方式に対する安定調達比率(NSFR)は85%となる可能性がある。ロコ・ロンドン売買執行のために85%の準備金積み立てが必要ということになると、業務に負荷がかかり取引コストも急増する。現行の取引成立日(T)から2営業日後(T+2)の決済も難しくなろう。スイス銀行チューリッヒでゴールド・トレーディング業務を経験した筆者の現場感覚でも「あり得ない」話で、まともに適用されれば金現物売買は機能不全に陥るのは必至だ。
当然、金業界も黙っていない。ロンドンの金業界団体が、英健全性規制機構(PRA)に異議を申し立て、金は「通貨」としての側面を持つことを論じている。
コモディティーとカレンシー(通貨)の二面性を持つ金に特有の問題と言えよう。
一般投資家には、この件で、金の現物に買いが集中して金が暴騰するごとき極論が語られていることに注意を喚起したい。金市場が崩壊するというシナリオまで、バーゼル3という難解な銀行規制を利用して、まことしやかに語られる。
筆者は、ロンドン金市場が機能停止になるような事態は回避されると見る。欧州連合(EU)離脱後、ロンドンの金融市場を維持することは英国の国益に関わることだ。そもそも、ロンドン金市場とBOEは英国特有の「紳士協定」により、良好な関係を維持してきた。市場側は取引状況などの情報をBOEに開示して、BOEは市場の健全性を守ってきた。米国の大手ヘッジファンド破綻の際には、BOEがいちはやくロンドン金市場関係者にリスクを知らせて、英国側の損失を最小限に食い止めたこともある。
グローバルな視点でも、このような理由で金価格が変動して、最も影響を受けるのは、巨額の金を外貨準備として保有する主要中央銀行だ。1990年代に英・フランス・スイス・オランダなどの欧州主要中銀が相次いで数百トン規模の公的保有金売却に走り、国際金価格が250ドル(現価格水準の7分の1程度)にまで暴落したとき、主要国は慌てて年間の公的金売却総量の自己規制に動いた事例もある。国際通貨基金(IMF)総会後にワシントンで別途協議・決定されたので「ワシントン協定」と呼ばれる。
今回は、英国とEUの確執が影を落とす可能性はある。とはいえ、ドイツ・フランス・イタリアは、それぞれ2000~3000トン級の金を外貨準備として依然保有している。
市場が乱高下して色めき立つのはヘッジファンドなど投機筋だ。ここは、冷静な見極めが必要である。
なお、現時点で、この理由による金価格変動は見られない。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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