京都大学大学院理学研究科の北川宏教授と、合成した合金のイメージ。
画像:取材時のスクリーンショットを撮影、京都大学
- 人類が合金を利用し始めてから5000年、歴史上初めて貴金属8元素を原子レベルで混合する事に成功。
- 水素を発生させる触媒としての性能が、市販の白金触媒の10倍以上に。
- 現代社会が抱える問題を解決する多元素触媒を、自らデザインし作れるようになる技術につながるかもしれない。
- “アホな発想” こそ、新しい発見を生み出す。
銅と亜鉛が混ざり合った真鍮や、鉄にクロムを含ませたステンレスのように、異なる種類の金属元素が混ざり合った金属を「合金」と呼びます。
2022年2月、京都大学大学院理学研究科の北川宏教授は、「8種類の『貴金属』を全て原子レベルで均一に混合」することに成功したと、アメリカの国際学術誌『Journal of the American Chemical Society』に報告しました。
一言ではなかなか伝わりづらい、この研究のスゴさを、北川教授に聞きました。
論文情報:"Noble-Metal High-Entropy-Alloy Nanoparticles: Atomic-Level Insight into the Electronic Structure".
世の中の合金は「ドレッシング」と同じような状態
調理器具としてよく使われるステンレスも合金の一種だ。
画像:Africa Studio/Shutterstock.com
アルミニウムや鉄、銅に亜鉛など、金属元素といってもさまざまです。
その中で、例えば2種類の元素を混ぜ合わせた「合金」は1500パターン以上つくることができるはずです。しかし「その大半は原子レベルで混ざり合う事ができない」と北川教授は指摘します。
例えるなら「水」と「油」。ドレッシングのようなものです。無理に混ぜようと激しく振れば一見混ざっているように見えますが、よく見ると水と油はそれぞれ細かい粒となっているだけで、決して分子レベルで混ざっているわけではありません。
北川教授は、「私たちがよく知る「合金」と呼ばれているものも、実はそのほとんどがドレッシングと同じような状態だ」と言います。
今回北川教授が実験に用いた「貴金属」は、金や銀に加え、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金 (プラチナ)の合計8種類の金属元素のグループです。金や銀を除いた元素は、化学反応の「触媒」として似た性質を持つ事から、まとめて「白金族元素」とも呼ばれています。
この8種類の貴金属元素も、先程説明したように基本的に原子レベルで混ぜ合わせることは非常に難しいとされています。
北川教授は、この本来は混ざりにくい8つの貴金属同士を「人類が合金を利用した5000年の中で初めて原子レベルで混ぜ合わせた」と、その成果を強調します。
しかも、北川教授が合成した8つの元素を原子レベルで混ぜ合わせた粒子は、水素を発生させる触媒としての性能が、市販の白金触媒の10倍以上という数値を叩き出したというのだから驚きです。
混ざらないものを混ぜるには?
異なる金属元素を混ぜるときのイメージ。
提供:北川宏教授
では、どのように「水と油」のように混ざり合わないはずの貴金属元素を混ぜ合わせたのでしょうか。鍵となるのは、金属元素の状態を変化させる方法にあります。
北川教授はまず、金属元素を電子が不足した「イオン」の状態にし、水に溶かしました。
この水溶液を、熱した有機溶媒(還元性の溶媒)の中に入れると、イオン状態の金属元素は瞬時に原子の状態に戻り、金属元素同士で集まります。
北川教授は独自の手法を開発し、イオン化させた異なる種類の金属元素を同時に原子の状態に戻すことで、同じ種類の元素が集まるよりも前に、異なる種類の元素同士が均一に集まるような状態をつくりました。この手法を「非平衡科学的還元法」と言います。
こうして、本来なら混ざり合うことのない8種類の金属元素が原子レベルで均等に混ざりあった、直径数ナノメートルの微細な合金粒子(ナノ粒子合金)をつくったのです。
「新しい元素」を生み出す現代の錬金術
直径数ナノメートルサイズのナノ粒子中に含まれる、8つの貴金属元素の分布を調べた画像。この画像の中には、多数のナノ粒子がある。8枚の画像を重ねると、8つの貴金属元素が一つの粒子上で混在していることが分かる。
提供:北川宏教授
北川教授は、今回合成されたナノ粒子合金の合成を「全く新しい『スーパー貴金属元素』をつくり出したと言っても過言ではない」と強調します。
単一の金属元素から出来ている物質の内部では、隣り合う原子は必ず同じ種類の元素です。一方、合金の場合には、異なる種類の原子が隣り合うことがあります。物質の性質は、こういった原子同士の「相互作用」の結果生み出されるものです。
今回、北川教授が合成した8種類もの貴金属元素を均一に混ぜ合わせたナノ粒子の合金では、ある1つの原子のまわりに、基本的に別の種類の元素が配置されています。その結果、このナノ粒子合金の内部の状態は、どの貴金属とも異なる状態になっています。
物質の内部の状態が違えば、当然、現れる性質も変わります。だからこそ、今回北川教授が合成したナノ粒子合金は、まるで「新しい元素」と言えるわけです。
実際、今回合成された “スーパー貴金属元素” の「水素発生触媒」としての性能は、市販の白金触媒の10倍以上という数値を叩き出しました。
「本来なら水素発生触媒の性質を持たない金やオスミウムが混ざっていながら、既存の触媒よりも高い性能を持っている、という点も興味深い点です」(北川教授)
異なる種類の元素を混ぜ合わせた粒子の性質は、必ずしも混ぜ合わせた各元素の性質の「平均値」になるわけではありません。
これはつまり、今まで触媒として有効活用できないと思われていた金属元素でも、元素の組み合わせ次第では有用な触媒として活用できる可能性があるということを意味しています。
新手法開発のきっかけは “アホな発想” から
京都大学大学院理学研究科の北川宏教授。「研究の広がりは非常識な発想から生まれると」科学の面白さを熱く語る。
画像:取材時のスクリーンショットを撮影
北川教授がこの研究を始めたきっかけは、「原子番号45番のロジウムと、47番の銀を均等に混合できれば、その間に位置する46番のパラジウムの性質が現れるのではないか」という、一見突拍子もない発想だったといいます。
北川教授は「非常識に見える『アホな発想』をしなければ、新しい研究課題は見えてこない」と語ります。
この仮説を確かめるべく、その後北川教授は、原子レベルできっちりと混ざり合った合金を実現する手法を開発。2010年にロジウムと銀が均等に混ざった「人工パラジウム」の作製に成功しました。
8種類の貴金属元素を混ぜ合わせた合金の実現は、この人工パラジウムを作成した手法を発展させた結果です。
さらに北川教授は、「現在では2種類から8種類へと、混ぜ合わせ可能な元素の種類数は大幅に増えました。実は5種類以上の方が合成しやすい事が理論的にも明らかになっているのです」と続けます。
今回、北川教授が発表した研究成果では、8種類の貴金属を同じ割合で混合しましたが、個々の元素を任意の割合で混合することも可能だといいます。また、合成できる元素の種類の幅もいまではかなり広がっているといいます。
「つまり、元素の種類や割合を自由に設定して、好きな性質を持つ材料を合成することも夢ではないという事です」(北川教授)
ただ、無数に存在する組み合わせの中から、私たちが求める性能を持つ合金を見つけ出すのは、いくら優秀な直感を持つ研究者でも、頭の中で考えるのには限界があります。
北川教授はこの問題に対し、「計算科学的な手法で材料の性質を予測する手法を取り入れ、研究を進めていこうとしている」と言います。
デザインした触媒で、現代社会の課題を解決する時代へ
地球環境を汚染する排気ガスの浄化や、燃料としても使える水素の生成、プラスチックなどを分解する反応など、「触媒」は現代社会が抱えている社会課題を解決するためには必要不可欠な存在です。
北川教授が開発した、非平衡化学的還元法はスケールアップが図られ、フルヤ金属と協働して、工業的に採算が取れるような安定した量産化プロセスの構築も進めているといいます。
北川教授の究極の夢は「118種類の元素を全て混ぜ合わせること」だと言います。
一見無謀とも思える、北川教授のそんな突拍子もない発想から生まれたナノ粒子合金が、これからの持続可能な社会の実現に不可欠なテクノロジーの一つになるかもしれません。
(文・彩恵りり、 編集・三ツ村崇志)