先週の動き、米国経済指標に反応した米ドル/円相場の影響高まる

7月の米雇用統計をはじめ、米ISM(サプライマネジメント協会)の製造業景況指数、非製造業(サービス業)景況指数など需要指標の発表が続いた先週。ニューヨーク金先物価格(NY金)は、週前半から半ばにかけて買いが先行する流れとなり、心理的節目の1,800ドルを突破し1ヶ月ぶりの高値まで上昇した。

その後は発表された雇用統計を含め複数の米経済指標が予想外の強さを示す中で、再び米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ幅拡大観測が再浮上し、週末にかけてNY金は売り優勢の流れに転じ、再び1,800ドル割れに押し戻されて終了となった。

週末8月5日のNYコメックスの通常取引(清算値)は1,791.20ドルで終了となった。週間ベースでは9.40ドル、0.5%の上昇となった。これで3週連続の上昇ということになる。

週初めの8月1日および2日にはペロシ米下院議長の台湾訪問をめぐる地政学要因が金市場の買い手掛かりとなった。中国との対立が激化するとの見方から、地政学リスクの高まりを意識した買いが入り1,800ドルを突破し値動きがやや大きくなったものの、実際にペロシ下院議長が台湾到着後は、買いは沈静化し徐々に水準を切り下げた。

中国外交部報道官が中国人民解放軍による実力行使まで予見させるような発言をしていたことで、市場の緊張が高まっていたが、訪問が問題なく実行されたことで安心感が広がった。この辺りは事前情報で上昇したものが、結果が判明したところで売られるという、「有事の金」の反応に類似した値動きと言える。

一方、国内JPX金は、為替市場での米ドル/円相場の動きを強く受けることになった。週前半はNY金が1,800ドルを一時突破する流れにも関わらず、米国指標の悪化(ISM製造業景況指数)を受けた米ドル安/円高の動きでむしろ下押し圧力が高まり7,500円割れを見ることになった。

一方、後半は逆に米国指標(ISM非製造業景況指数)が予想外の好調さを示したことを受け米ドル高/円安の流れに、国内価格は押し上げられ7,600円台中盤まで上昇となった。JPX金のレンジは7,411~7,662円と拡大した。週間ベースでは123円、1.6%高となった。

8月5日に発表された7月の米雇用統計は、株式市場からコモディティ市場まで横断的に影響を及ぼしたがNY金には売りの材料となった。

7月米雇用統計のサプライズ

7月の米雇用統計だが、景気動向を映す非農業部門雇用者数(NFP)は前月比52万8,000人増と、増加幅は今回2万人強上方修正された6月の39万8,000人から拡大し、市場予想(25万8,000人)も大きく上回るポジティブ・サプライズとなった。

失業率も3.5%と6月(3.6%)から低下し、2020年2月以来の低水準となった。なお、市場予想は3.6%だった。また、インフレとの関連で注目された平均時給の伸び率も前月比、前年同月比ともに市場予想以上となった。平均時給は前月比0.5%増となり、0.3%増の予想を上回り伸びが加速した。前年同月比では5.2%と市場予想の4.9%を上回った。

そもそも雇用者数の伸びの市場予想が前月を下回っていたのは、ここにきてハイテク企業の一角や小売業などでレイオフ(一時解雇)が増加していることがある。それを反映し週次ベースの新規失業保険申請件数もここにきて増加傾向をたどっている。3月下旬に週16万件強と約53年ぶりの低水準から、7月下旬には26万件に達している。

FRBは2022年3月以降の利上げサイクルで失業率は4.2%程度まで悪化を見込んでいるが、今回の結果を受け失業率がすぐに上昇しないとみて大幅な利上げを継続するとみられる。

実際、市場でも5bp(ベーシスポイント、0.5%)が有力視されていた9月の連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げ幅は、75bp利上げ見通しの織り込みが急速に進んでいる。

債券市場では10年債利回りが一時2.816%まで上昇。前日は2.697%だった。米ドルは対円で1.5%高の134.99円まで買われ1日の上昇率としては6月半ば以来の大きさとなった。ドル指数(DXY)は一時106.930に急伸し(前日は105.693)106.621で終了。9月の利上げ幅予想の拡大と合わせファンドの金買い建て解消の手掛かりとなった。

問題は雇用統計が遅行指数とされることだ。7月28日に発表された米4~6月期GDP速報値がマイナス0.9%と2期連続のマイナスとなったが、雇用市場は経済の減速に遅れて反応する傾向がある。

ここまでのFRBによる1980年代を彷彿させる連続大幅利上げにより、今後失業率などは大幅に上昇するとの指摘も見られている。金市場の下げが限定的なものにとどまっているのは、そうした見通しも背景としている。

複数のFRB高官から高水準の利上げ継続観測

先週は、複数のFRB高官による高水準の利上げ継続発言が続いた。

サンフランシスコ地区連銀のデイリー総裁は8月2日、インフレ抑制に向けた政策運営について「終わりはほど遠い」とした。また、経済の弱体化を受けFRBが2023年には利下げに転じるとの観測が市場で出ていることについて、自分自身はそのように考えていないと発言した。

他にもシカゴ地区連銀のエバンズ総裁やクリーブランド地区連銀のメスター総裁も講演などでインフレ抑制に積極的に取り組むタカ派姿勢を示している。

もともと市場は7月のFOMC後のパウエルFRB議長発言の中で、都合のいい部分を切り取り利上げペースの軟化を織り込んでいたもので、FRBと市場間で認識のかい離が進んでいた。FRB関係者が、声をそろえてそれを修正した形だが、想定内のものと言える。

どちらの捉え方が正しいのかは、今後の指標次第となるが、当面インフレは高止まりが予想され、物価目標2%の達成にはデイリー総裁が指摘するように「ほど遠く」、利上げが続くことに変わりはない。年明け以降の利下げを織り込む動きまで活発化したことを牽制したもので、FRB執行部(理事)を中心に一体となって、事に当たっていることをうかがわせる動きと言える。

それを反映するかのように翌8月3日もFRB関係者の発言が注目された。セントルイス地区連銀のブラード総裁が米CNBCの番組『Squawk Box』で「利上げの前倒しを支持してきている」とした上で、「前倒しはインフレとの闘いにおけるわれわれへの信認を高める」と発言。「年内に(政策金利を)3.75~4%にすべきだというのが私の見解だ」とした。

FRB関係者のこれまでの発言の中で、年内の到達点としてはもっとも高い水準となる。リッチモンド地区連銀のバーキン総裁はこの日の講演で「インフレの抑制は可能だが、その過程で景気後退が起きる可能性がある」と指摘した。ちなみに、同総裁は2022年のFOMC投票権を有している。

これらの発言は、8月5日の雇用統計発表前のものであることには留意が必要となる。

NY金先物ファンドのポジションの振れ

先週のコラムでは、このところのNY金の上昇は先物市場でのファンドのショート(売り建て)の買戻し(ショートカバー)によるものとし、ショートカバーラリー(ショート買戻しによる上昇相場)による1,800ドル台回復の可能性を解説した。

先週末8月5日に米商品先物取引委員会(CFTC)が発表したデータでは、ファンドのポジションはそれぞれ重量換算にして7月26日時点で32.58トンの売り越し(ネットショート)から、1週間後の8月2日時点では86.77トンの買い越し(ネットロング)に転じたことが判明した。

ドル指数(DXY)の値動きに対し逆相関性をプログラムしたアルゴリズムに従い、7月中旬まで続いたDXYの2002年以来20年ぶりの高水準更新に沿ってショートを積み増したファンドだったが、ネットショートに転じるまでに売りが膨らんでいた。

先物市場ゆえに決められた期限までに(一般的には)買戻しで清算する必要があり、内部要因からは買い圧力が高まっていた。

【図表】ゴールド 縦軸:円建てゴールド/グラム(単位:円)
出所:マネックス証券

今週の展望、NY金1,775~1,820ドル、国内金価格は7,600~7,900円を想定

今週は何と言っても8月10日に発表予定の米7月の消費者物価指数(CPI)が注目の指標であり、手掛かり材料(ドライバー)となりそうだ。市場予想は前月の前年同月比9.1%上昇からやや軟化し8.8%となっているが、引き続き40年ぶりの高水準に変わりはない。

5日の雇用統計では先に触れたように平均時給が伸びの鈍化予想に反して6月と同水準を維持している。6月分も5.1%から5.2%へ上方修正され賃金インフレの上昇を思わせた。

この点から注目されるのは、変動の大きいエネルギーと食品を除いたコア指数(コアCPI)だが、前月の前年同月比5.9%上昇から予想は6.1%上昇に加速が予想されている。FRBの2023年以降の利上げ継続見通しを正当化するとみられる。

今週のNY金のレンジは、1,775~1,820ドル、国内金価格はドル円の上昇(円安)を見込み7,600~7,900円の強気のレンジを想定している。NY金は先行きの環境が不透明な中で1,800ドル台をここから固めていく動きを想定している。