世界で最も影響力あった金トレーダー、執念の当局捜査で頂点から転落
Eddie Spence、Joe Deaux、Tom Schoenberg-
JPモルガンの貴金属デスク元グローバル責任者の被告に有罪評決
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捜査当局は相場操縦者パターン洗い出し-過程で特定トレーダー浮上
2018年12月、米フォートローダーデール空港に降り立ったばかりの30歳代前半の男性が突然呼び止められ、連れて行かれた部屋には連邦捜査局(FBI)の職員2人が座って待っていた。
男性はおびえ、既に警戒している様子だった。最近、自身も手を染めたと認識している罪を同僚だった1人が認めていたからだ。
クリスティアン・トランズ元トレーダーはテロリストでもなければ、麻薬の密売人でもなく、新婚旅行から戻ってきたばかりの貴金属を扱う中堅トレーダーだった。重要なのは、金取引では最大手の銀行、JPモルガン・チェースの従業員でもあった点だ。
この出来事は、米検察当局によるJPモルガンの貴金属デスク捜査にとって極めて重要な一歩だった。かつては金市場で最も影響力のある人物だった同デスクの元グローバル責任者、マイケル・ノーワーク被告が先週、シカゴの連邦地裁で13件の有罪評決を受けたことにつながった。
JPモルガンの元トレーダーらに有罪評決、貴金属取引スプーフィング
世界の貴金属トレーダーが強い関心と恐怖で見守った同事件は、ノーワーク被告やグレッグ・スミス被告らJPモルガンの元トレーダーが他の市場参加者の意表を突く約定の意図がない注文を通じて市場を何年も操作していたとの疑いに光を当てた。
ノーワーク被告は金融危機以降、米国で有罪評決を受けた最も高位なバンカーの1人となった。数十年の禁錮刑が言い渡される可能性もあるが、実際にはそれよりもかなり短くなることがあり得る。
ノーワーク被告の弁護士は同被告が「犯罪の黒幕」ではないと主張し、今後も「法廷で被告の権利を守る」と述べた。また、スミス被告の弁護士は先月の最終弁論で、同被告の注文は合法であり、顧客の代わりに売りと買いの先物取引を同時に執行した説明は他にも成り立つと反論した。
だが、JPモルガンの同トレーディングデスクを巡っては少なくとも10年にわたり、取引成立を意図しない注文を出しては取り消す「スプーフィング」と呼ばれる見せ玉の慣行がささやかれていた。FBIがトランズ元トレーダーに最初に接近した18年よりもずっと前だ。
司法省が動く
米司法省ではスプーフィングに関わったトレーダーの捜査を始める決定によってJPモルガンへとつながる道が開かれた。担当部門が相場操縦者のパターンを洗い出すことを目的に、数十億に上る取引ラインを細かく調べるため、データコンサルタントを起用した。
大量のデータを調べる過程で特定のトレーダーが浮上。これらトレーダーはJPモルガンに勤めていた。
捜査当局はデータを基に協力者探しを始めた。それがトランズ被告と、その同僚だったジョン・エドモンズ被告だった。2人は自らの不正行為で有罪を認め、デスクの上司に不利な証言を行うことに同意した。
エドモンズ元トレーダーは証言で、トレーディングデスクでのスプーフィングについて、日常的な出来事と表現。通常の戦略の一環だったため関与せざるを得ないと感じていた。
一方、トランズ元トレーダーとノーワーク被告の関係は良好だったが、当局からの接触後は複雑になった。当局との取引に応じることを検討していた際、応じないようノーワーク被告にくぎを刺されたと、トランズ元トレーダーは証言した。
残るスプーフィング
弁護側はトランズ、エドモンズ両被告が信用できないと反論。JPモルガンは既に9億2000万ドル(現在のレートで約1230億円)を支払って同行に対するスプーフィング問題を決着させている。
司法省の捜査後も、スプーフィングは行われていると一部の市場参加者は話す。商品先物が場立ちによって取引されていたころは、ブローカーは対面で売買しなければならなかった。スクリーン上なら自由に注文を出したり、取り下げたりするのは比較的簡単だ。
独立系商品トレーダーのエリック・ズカレッリ氏は、「われわれはなお定期的にスプーフィングを目の当たりにする」と指摘する。
1986年にニューヨーク商業取引所の立会場で働き始めたころを振り返り、「あの当時は誰かが見せ玉をすれば、皆が集まってきて顔面にパンチを見舞い、立会場の委員会もやって来て愚かなことをしたとして罰金を科しただろう」とズカレッリ氏は述べた。
原題:How the US Toppled the World’s Most Powerful Gold Trader(抜粋)