ロシアが目論む「金本位制の復活」。BRICS共通通貨は本当に米ドル支配を終わらせられるか

プーチン大統領の写真

8月に予定されているBRICS首脳会議では、ロシアが「金本位制」に基づく決済通貨の導入について審議を求めているという。

REUTERS/Sergei Karpukhin/Sputnik/Mikhail Metzel/Kremlin via REUTERS

有力な新興国であるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、8月22日から24日の間、南アフリカの首都ヨハネスブルクで首脳会議を開催する。

その際、米ドル支配の脱却を視野に、BRICS諸国でいわゆる「金本位制」に基づく共通の決済通貨を導入するという構想を審議するよう、ロシアが提案した模様だ。

そもそも「金本位制」とは何か

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REUTERS/Edgar Su/File Photo

この金本位制とはいったいどのような仕組みだろうか。

この制度は、各国の中銀が保有する金(ゴールド)の量に応じて、通貨(紙幣)を発行するというものである。一方で、中銀は設定したレートに応じて、金と通貨の交換に応じなければならない。つまり「いつでも固定レートで金と交換できることを保証する通貨制度」が、金本位制だ。

第二次世界大戦後、いわゆるブレトン・ウッズ体制の下で、米ドルが世界の基軸通貨となった。そして、当初は金1オンス=35米ドルで金と米ドルの交換が保証された。しかし1971年のニクソン・ショックで金と米ドル交換が停止され、その後、何度かの制度の変更を経て、金本位制に基づいた米ドルによる国際通貨体制は完全に終焉した。

とはいえ、その後も米ドルは世界の基軸通貨であり続けている。各国の通貨当局(中銀や財務省)が保有する外貨準備高には、米ドルの「現金」のみならず、米国の国債というかたちで、多額の米ドルが組み込まれている。そして、各国の為替相場は、自国通貨と米ドルとの間の通貨レートが重視されているのが現状である。

こうした状況を米ドルによる「支配」であるとし、そこからの脱却を目指すべきという論調は、新興国の反米左派政権にありがちな主張だ。また、実際に米国の金融政策の影響の軽減を図る観点からも、米ドルに代わる資産として、新興国の雄である中国の通貨・人民元や、金の保有を増やす新興国も着実に広がっているようだ。

BRICSで最も金を保有する国は「ロシア」

ここでBRICS各国の外貨準備高に占める金の保有量を確認すると、トップを走るのがロシアであり、その量は2022年10-12月時点で7480万トロイオンスに上っている(図表1)。日本の外貨準備高に占める金の量は2023年5月時点で2720万トロイオンスだから、ロシアは実に日本の2.7倍の金を保有していることになる。

ロシアに次ぐ2位は中国であり、2022年10-12月時点で6650万トロイオンスの金を保有している。第3であるインドは2550万トロイオンスだが、ブラジルは420万トロイオンス、南アフリカは400万トロイオンスと、他の3カ国に比べれば金の保有量がかなり少ない。いずれにせよ、BRICSで最も金を保有している国はロシアだ。

図表1 各国の金準備保有量

出所:国際通貨基金(IMF)

金の保有量に鑑みれば、金本位制に基づく共通通貨を発行することで最も利益を得る国は、ロシアかもしれない。ロシアは2014年のクリミア侵攻以降、脱米ドル依存の観点から外貨準備高より米ドルを排除すると同時に、金の保有量を戦略的に増やしてきた。

外貨準備高に占める金の割合は、すでに20%を超える水準となっている。一方で、ロシアの外貨準備高に占める外貨の割合が、依然として70%を超えていることも事実である(図表2)。

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モスクワの中央銀行の貴金属金庫で金塊を手にする職員(2011年撮影)。

REUTERS/Sergei Karpukhin

米ドルに代わって人民元が増えているわけだが、いずれにせよ、金だけで外貨準備高を構成することは難しい。それに、本格的な金本位制に基づいて共通通貨を発行しようとすると、その実として、ロシアはマクロ経済政策の裁量を失うことになる。

それというのも、金本位制は、金と通貨の交換を固定レートで保証する制度であるから、金の保有量を上回る通貨の発行は不可能になるためだ。つまり、金本位制を採用すれば、ロシアはまず通貨政策の裁量を失うことになる。ルーブル安で原油の輸出を促すといった、ロシアらしいマクロ経済政策が不可能になるためである。

図表2ロシアの外貨準備高の構成

出所:国際通貨基金(IMF)

固定相場を維持は新興国の「鬼門」

それにロシアのみならず、この金本位制に基づく共通通貨に加盟する各国は、金と各国通貨の交換を固定レートで保証し続けなければならない。

なぜなら万が一、保有する金の量以上に通貨を発行し、交換レートを切り下げるような事態に陥れば、この相場制度に対する信頼が揺らいでしまう。つまり、金融緩和にも強い制約がかかるわけだ。

言い換えれば、各国の金融政策は金の保有量に制約されることになる。ロシアや中国は金の埋蔵量が豊富だから、金融緩和の余地を残すために金の生産量を増やせばいいと考えるかもしれない。とはいえ、金の生産量が増えれば金価格は下落するため、かえって通貨制度に対する信頼を弱める結果になるという、看過できないジレンマがある。

いずれにせよ、各国は金本位制を守るため、厳しいルールベースでの経済運営に努めなければならない。とはいえ、概して新興国では、大衆迎合的な観点から、財政拡張と金融緩和というポリシーミックスが採用されがちである。特に反米左派は、バラマキを重視するため、厳しいルールベースでの経済運営など受け入れがたい。

厳しいルールベースでの経済運営は、新興国が最も苦手とするものだ。それに米ドル支配からの脱却が進んだとしても、結局は市況商品である金に大きく左右されるだけである。

金本位制に基づく共通通貨の発行に当たっては、メリットのみならずさまざまなデメリットがあることを、きちんと理解すべきだ。

中国やインドは距離を置く可能性が高い

2019年6月、大阪で開かれたG20サミットの会談する3首脳。左からロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相、中国の習近平国家主席。-SCO

2019年6月、大阪で開かれたG20サミットの会談する3首脳。左からロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相、中国の習近平国家主席。

Sputnik/Mikhail Klimentyev/Kremlin via REUTERS

今回、金本位制に基づくBRICS共通通貨の発行を提唱したのはロシアとされている。

新興国でイニシアチブをとる姿を、ロシア国民にアピールする狙いもあるのだろう。それに、豊富な金の保有高を背景に、新興国との経済関係で優位に立ちたい思惑もあるのかもしれない。とはいえロシアこそ、ルールベースでの経済運営が不可能な国だ。

ウクライナとの戦争が長期化する過程で、ロシアでは軍事費が急激に膨張しており、それが財政を圧迫している。そうした国が、ルールベースでの経済運営などできるわけがない。それに、新興国との関係を優位に運びたい本音がロシアにあるとして、ロシアの思惑に賛同する新興国が果たしてどれだけあるのか、定かではない。

ロシアの首都モスクワにある、閉鎖された赤の広場を警備する警察官(6月24日撮影)

ロシアの首都モスクワにある、閉鎖された赤の広場を警備する警察官(6月24日撮影)

REUTERS/Maxim Shemetov

なおロシアの事実上の前身であるソ連では、いわゆるコメコン(経済相互援助会議)に加盟していた旧東側8カ国との間で「振替ルーブル」と呼ばれた国際決済通貨を用いていた。これもまた、ソ連が保有する金を裏打ちとしたものだったが、ソ連が振替ルーブルと金の交換に応じなかったこともあり、結局は破たんしたという過去がある。

BRICSの中ではブラジルも共通通貨の構想に賛同しているが、その中心にロシアを据え置くべきだと考えているか、定かではない。そして中国やインドは、共通通貨の議論に形だけは参加しつつも、この構想から距離を置き続けるのではないだろうか。

あくまで中国は中国の思惑に基づいて、人民元の国際化を図るだけだろう。インドもまたインドの思惑に基づいて、通貨ルピーの国際化を図っていくはずだ。両国が金本位制に基づくBRICS通貨に対して積極的となる理由は乏しい。

米ドルの覇権が未来永劫にわたって続くわけではない。とはいえ、今回のこのロシア発のBRICS共通通貨が、米ドルに取って代わるものになるという展開は、まず考えにくい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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