よみがえる古代コイン・・・その1
つい先日、インターネット上のニュースで「サクランボ果樹園から古代ローマ時代の硬貨4000枚」というニュースが出ていました。
記事によると、スイス北部にあるサクランボ果樹園の敷地からローマ帝政時代のコイン 4166枚(15kg)が発見されたそうです。コインの発行年代から、埋められたの3世紀末?4世紀初頭にかけての時期だそうで、それらは小さな皮袋に入った状態で埋められていたとのこと。
リンク先の画像を見る限り、コインはフォリス貨やアントニニアヌス貨などの青銅貨や低品位銀貨がほとんどです。
画像左上にある、皇帝が光の冠を被っているタイプのコインは「アントニニアヌス貨」と称され、デナリウス銀貨2枚の価値に相当するものとして発行が開始されましたが、この画像を見ても分かるとおり、実際にはほぼ青銅貨といってよいほどの低位品位銀貨でした。
これらのコインは軍人皇帝の一人アウレリアヌス帝(在位:AD270年?AD275年)の時代に造られたものから、ディオクレティアヌス帝の四帝分治(テトラルキア AD293年?)時代のものまで、幅広い時代のコインが入っていたとのことです。しかし金貨は入っておらず、純度の高い銀貨も約200枚ほど(全体の5%)しかなかったそうです。
そうなると、蓄財用として埋めたとは考えにくいかもしれません。通常、蓄財用として財産を隠す場合、当時は金貨や銀貨を壺や甕に入れて隠しました。今回は青銅貨や低品位銀貨など、日常的に使うコインばかりで、しかも当時の財布であった皮袋に入れて埋められていました。ということは、もしかすると山賊や兵士が人々から奪った小銭を、アルプスの奥地にまとめて埋めたものかもしれません。または当時の一般個人が長年少しづつ貯めたものか、または人夫たちに日当給金として支払うため、雇い主がまとめて一ヶ所に置いていたものか・・・。
1700年以上前のアルプスの山奥での出来事を、色々と想像してしまうニュースでした。
こうしたロマンあふれるニュースは、コインを集めている人のみならず多くの人々の興味をひく話題です。土の中や海の底から遠い昔の財宝が姿を現すというニュースは昔からありましたが、今も尚そうした財宝がまだ誰にも見つからず、どこかに眠っているのではないかと期待させます。
おそらく現在マーケットで売買されている古代コインもまた、かつてのギリシャやローマ帝国の版図で見つかった出土品なのでしょう。
ただ、残念ながら今回スイスで発見されたコインはすぐにマーケットに出てこないようです。大きなニュースになってしまったこともあるかも知れませんが、地元の博物館が全て引き取り、展示品として扱うようです。
記事によれば、スイスではこうした出土品は「公共物」とみなされ、発見者には褒賞が与えられて現物は国や自治体に取り上げられてしまうのだとか。尚、今回はサクランボ果樹園の所有者が偶然発見したものだったので、当人がコインに興味がなければもらっても嬉しくないかも知れませんが・・・。
国や自治体によって法律が異なるため扱いは違うのでしょうが、ヨーロッパでは近年とくに厳しくなっているようです。もともと欧米では「トレージャーハント」が趣味のひとつとして認識されていました。定年退職後に金属探知機を買って、一日山中や浜辺を捜索するおじさんから、レーダーや高性能の機器を集めて仲間と宝探しをする本格的なトレジャーハンターも存在します。
こうした地道な作業も退職後の趣味であれば楽しいもの。ほとんど金属片などのゴミばかりが見つかり、単なる浜辺の清掃活動になることもあります。しかしヨーロッパは歴史があるため、例えばジャージー島やガーンジー島といったヨーロッパの小さな島でもローマのコインが度々見つかるそうです。
ちなみにアメリカのフロリダ沖で大航海時代の沈没船から大量の金貨・銀貨(主にコブコイン)が引き揚げられたというニュースを度々耳にしますが、ほとんどは偶然発見されたものではなくプロのトレジャーハンターが調査して見つけたものです。
しかしリーマンショック以降、イタリアやギリシャが財政危機に直面すると、考古学的に重要な遺跡や未発掘の墳墓などの管理が行き届かなくなり、盗掘が大きな問題になりました。ウィーンやロンドン、ベルリンなど古代コインの主要な市場がある中心都市は、骨董品や盗掘品の「闇市場」としても知られています。
こうした闇市場では美術館から盗まれた美術品や、近年政情不安定になった国々(シリアやエジプトなど)の古代遺物が密かに売買されているようです。
過去の記事でも触れましたが、ヨーロッパの国々はそうした問題に対処するため、古代遺物の移動や所有を申告させるよう規制を強めています。
2008年にはブルガリアで「考古学的に重要な物品を所有する場合は、入手経路などを申告を義務付ける」とする法律が定められました。しかし、同年10月が登録期限とされたものの、おそらく実際には申告されていない骨董品が数多くあることと思われます。
そもそもこの法律自体「私有財産を認める憲法の規定に反する」として、憲法裁判所に異議申し立てがされる等の反発も強かったようです。
ブルガリアは「黄金文明」とも呼ばれた古代トラキア人の文明が栄えた地でもあります。2007年のEU加盟後は外国資本によってインフラやリゾートの開発が進み、その過程で数多くの遺跡が発見されました。しかし世界的な金融危機以降はブルガリア経済も悪化し、失業率の増加によって盗掘も増加したと云われています。
アメリカではフロリダ沖などの沈没船探索は民間に任せられていますが、必ずしも自由に探し回ってよい訳ではなく、ライセンスを取得しなければなりません。中には目星をつけた沈没船の探索独占権を取得し、自分達で捜索せず他のダイバーたちに「下請け」のような形で海中探索させる会社もあるようです。
探索は民間のトレジャーハンターたちに任せる一方で、行政はしっかりと貴重な遺物の動きを監視するシステムが出来上がっているようです。この点はスイスの今回の事例と似通っています。
フロリダでは連邦地方裁判所がこうした財宝を管轄し、毎年州による確認調査が入ります。フロリダ州は発見物を検分し、博物館へ保存したいものがあれば裁判所へ要請を出します。裁判所の承認が得られれば、発見した個人や会社は引き渡さなければなりません。なお、それ以外のものは発見者や会社の取り分となります。
つまり、貴重な財宝を見つけてもすぐに発見者のものにはならず、「行政」の管轄物となるのです。
貴重で美しい古代ギリシャ・ローマコインが大量に発見されたとしても、現在ではすぐに売り出されるわけではなく、出土地域や国によっては全て博物館行きになってしまうかもしれません。
よりよいコインは現在のマーケットで出回っている中から見つけ出すしかなさそうです。