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Vol.5-フランス宮廷文化の最期をあでやかに飾ったナポレオン三世皇后ウジェニー

■ヨーロッパ社交界のファッションリーダー


著名な肖像画家ウインターハルターの手による皇后ウジェニー。真珠とダイヤモンドのティアラはルーブル美術館に所蔵されている。 (C)Bridgeman/PPS

ナポレオン一世の甥であり、のちの第二帝政時代を築いたフランス皇帝ナポレオン三世のハートを射止めたウジェニー・ド・モンテイジョ(1826?1920年)は、スペイン貴族の娘として生まれた。彼女はサンジェルマンの女子修道院で学び、華やかなフランス文化の中で育まれた。その美しさと行動力はヨーロッパ社交界でも有名で、多くの王侯貴族からプロポーズされたという。

 エリゼ宮での舞踏会でナポレオン三世とウジェニーは出会った。外国から王妃を迎えるのはマリー・アントワネット以来のことで、多くの反対があったが、ナポレオン三世は自らの愛を貫き彼女を妃に迎えた。聡明で美しいウジェニーは、一躍フランス宮廷文化の主役となり、ファッションリーダーとして注目を浴びることになる。またイギリス王室のヴィクトリア女王からも大いに気に入られ、フランスとイギリスの交流のキーパーソンでもあった。


■マリー・アントワネットへの憧れ


ウジェニーとフランス王室のジュエリーは、亡命に伴い海外に流出してしまった。当時、ロンドンのフランス人は世界のダイヤモンドの産地と呼ばれたという。 (C)Bridgeman/PPS

彼女は大きなスカートをやめ、新しいドレスラインを流行らせた。そのファッションはヨーロッパの社交界の大きな話題となった。美しいウジェニーのために「オーインペリアル」を調香したピエール・フランソワ・ゲランは、宮廷御用達の称号を受けた。彼女の豪華なドレスや宝飾品は、ヴィクトリア女王に紹介された画家であるフランツ・ヴィンター・ハルターの絵の中に残されている。

 ウジェニーは、マリー・アントワネットに憧れを抱き、肖像画や遺品をコレクションすると同時に、当時の建築装飾に用いられたガーランドと呼ばれる花や葉の輪飾りや花綱のデザインを、宝石と彫金技術によって美しいジュエリーに仕立てていった。


■慈善活動にも注力


これまで、華やかさと煌びやかな側面がクローズアップされてきたウジェニー。じつは結婚してから間もなくしてから慈善活動にも力を入れていた。忙しい公務の合間をぬって、たびたびお忍びで慈善バザーや病院を見舞い、多くの人びとを励ましていた。その際、ウジェニーはヴェールを深くかぶりお忍びで出かけたという。また、女性を初めて電報局で採用するなど彼女の慈善活動は、当時の女性の社会活動に少なからず影響を与えた。終生、人の心を見つめ宝石を愛してやまなかったウジェニー。しかし、普仏戦争に破れ、皇帝一家は1870年にロンドンに亡命、やがてフランスの宮廷文化も終焉を迎えることになった。


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