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都市鉱山

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「都市鉱山」という言葉が市民権を得てから大分経ちます。最近では「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」という話で、この言葉を聞くことも増えています。これは2020年東京オリンピック・パラリンピックでの金・銀・銅メダルを携帯電話、パソコン、小型家電などのリサイクルで回収したものを材料にそこから取り出した金属で約5000個のメダルを製作するという計画です。このプロジェクトの進行状況はそのウェブサイトで公表されています(https://tokyo2020.jp/jp/games/medals/project/status/)。これは日本の得意な技術を活かしたなかなか良い計画だと思います。

9月19日付けの日本経済新聞夕刊の一面にも『「都市鉱山」処理世界最大に』という大きな記事が出ていました。これは三菱マテリアルが都市鉱山に眠る金や銀など希少金属の回収・処理事業を拡大するという話でした。回収設備を120億円かけて増強、処理能力を4割増しの年間20万トンとし、世界最大規模にする、ということでした。実際この分野では世界でも日本はトップランナーの地位にあります。そして、今後もこの分野はますます重要な分野になってくることは必至です。

ほんの少し前まで過去30年に渡って、ダンボール、ペットボトル、そして古いパソコンなどのリサイクルゴミは圧倒的に中国に向かっていました。しかし、今年7月中国はWTO(World Trade Organization)に対して、リサイクル廃棄物の輸入をまもなく禁止すると通知しました。これにより世界中のリサイクル事業や企業が、これまで中国に送っていたリサイクル用のゴミを送る新たな場所を大急ぎで探す必要に迫られています。そして多くの場合、その新たな送り先は「埋立地」になっています。

これはまさにリサイクルの危機と呼べる事態です。中国政府は輸入しているリサイクルゴミによる環境問題が、これを禁止する理由であるとしています。この禁止は、中国国内の企業の「安い材料」を手に入れる元を取り去ってしまうことになり、逆に他の国々にとては中国がこれまで独占していたリサイクル事業を自国にて発展させて新たな「資源」を取り込むチャンスとなっています。そしてその中で最も良いポジションにいるのが日本なのです。

日本は他の国と同じく、長らく中国にリサイクル資源を輸出していましたが、それはゴミの問題の安直な解決方法であり、それが中国の処理業者にとっては大きな追い風でもあったわけですが、環境保護機運の高まりで、先進国ではリサイクルが拡大し、これまでのゴミが材料となってきています。Bloombergによると米国でのアルミ供給の40%がリサイクル品からの物で、中国では銅の供給のほぼ半分がリサイクルからの物です。

リサイクルが簡単ではない電子材からのゴミはより「資源」としての価値が高く、まさに古い携帯電話からゴールドやその他のレアメタルを「掘り出す(mining)」のは、鉱山を掘るよりはるかに安くつきます。特に人件費が安く、環境規制がそれほど厳しくない所ではなおさらです。そのため中国でのリサイクルからの生産量はそのピークでは信じられないような量となりました。電子材スクラップから年間20トンのゴールドを生産し、この量は2016年のアメリカのゴールド生産量の10%に相当します。

中国政府がこのビジネスから出て行こうとするのは、特に電子材スクラップを原因とする環境汚染が世界中で問題になっていること、そしてそもそも中国国内からのそういったスクラップの量が急増しており、もはや外国からスクラップを輸入する必要性が大きく減ったこともその理由です。中国がスクラップ材料の輸入を禁止したことでマーケットが「開放」されました。

そして、日本企業が次々とこの分野で頭角を現しています。前述の三菱マテリアルのリサイクル分野への投資はその最たるものです。三菱マテリアルは、電子機器から金、銀、銅、そしてEVに搭載されるリチウムイオン電池から、ニッケル、コバルト、などのレアメタルを回収します。そして同社は日本のみならずオランダでもECの電子材スクラップを回収するために工場を建設する予定だと言います。この工場で利益を上げるだけではなく、将来の資源不足に備えるためという目的もあるようです。三菱マテリアル以外にもDOWAホールディングズはPGMを使う排ガス触媒の回収を強化し。JX金属は半導体産業が盛んな台湾や米国に集荷拠点を設けており、住友金属鉱山は車載電池の回収事業を始めるとのこと。

日本経済新聞によると都市鉱山は現在、世界で年間70万トン取引されているが、2026年には年間110万トンに成長する見通しであり、この分野はまだまだ成長していくことが予想されます。現在供給におけるスクラップからの割合はゴールドで約26%、プラチナで約22%となっています。鉱山をほぼ持たない日本にとって、この分野での技術のリードは重要な資源を確保するという意味でとても大きな意味のある動きであると思います。その意味で東京オリンピックでの試みは、人々にその価値を知らしめる意味でも応援したい事業です。




岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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