金が3つの歴史的な相関関係を崩す
金価格には近年これまで見られなかったことが起こり続けています。
それは、過去相関関係が見られていたいくつかの関係が崩れ、そして最も顕著なことは、金市場の需給ファンダメンタルズとの関係が崩れています。そこで、ブリオンボールトのリサーチダイレクターのエィドリアン・アッシュがここで解説しています。
最も顕著なのは、歴史的に異なる動きをしていた中国の消費者と欧米の投資家の投資行動に変化が見えていることです。
例えば、価格のアノマリーについて見ると、1月は通常、欧米の投資家の金への資金流入が急増します。そして、このパターンは、毎月の金価格の上昇と相関する傾向があります。実際、過去の月ごとのデータを振り返ると顕著にこの傾向が見られていました。
しかし、昨年1月には金価格は上昇したものの、2024年1月にはトロイオンスあたり10ドル下落していました。そして、金への投資需要は昨年と今年は共に1月に減少していました。
2023年までの20年間で、金価格は1月に14回に上昇しました。1月の平均上昇回数は11月と同水準でしたが、上昇率は2.9%と11月の上昇率の1.6%をはるかに上回っていました。
また、1月は金のETFの残高を見ると通常金投資需要が大きく増加しています(上のチャートで赤で示されています)。
そして、過去10年間において、1月のブリオンボールトの新規顧客数は、他の月の平均を7回上回っていました。金ETFへの投資もまた、強いものをが示されていました。1月は2023年までの10年間で、金ETFへのネットの資金流入が8回ありました。これは同市場の前月比平均上昇率の56%を大きく上回っています。
なぜ年初に金に投資するのでしょうか?
1月と金価格の上昇の間に現段階までで歴史的に見ても明確な相関関係があることが、買う理由になったのかもしれません。もしくは、投資家がポートフォリオのリスクを年末に見直し、新たな年のリスクの可能性を検討し、金融システムの保険として金の保有を決めて、金地金の需要が1月に高まったのかもしれません。
いずれにせよ、2024年はこれまでとは異なる年となり、2023年の年初もそのような結果となっていました。金ETFは、昨年1月に残高を減少させ、先月1月には、これらの信託ファンドが、貴金属が深い弱気相場から抜け出せなかった2014年以来、最も急激な年初の資金流出を記録していました。ブリオンボールトにおいては、新規顧客数が世界金融危機の直前の2007年以降で最も低迷した1月となりました。
しかし追記すべきことは、この1月の金価格は、米ドル建て、インドルピー建て、英国ポンド建てでは下落しましたが、ユーロ、中国元、日本円では上昇していました。
- 2024年1月の金価格は、12月末の記録的な高値であるトロイオンスあたり2062ドルから10ドルも下落していませんでした。
- 投資需要も縮小した昨年の年初に金価格は実際に上昇していました。
- 最も顕著なのは、金価格と投資需要との間の相関関係が崩れたことです。
入手可能なデータでは、金価格と投資資金のフローの相関関係は崩れています。
かつて、地金市場のアナリスト、トレーダー、ディーラーは、欧米の金投資の流れとドル建て金価格のつながりを、重視していました。
金ETFの保有規模(その95%は、米国、カナダ、英国、ユーロ圏、オーストラリアの証券取引所に上場している信託)、そしてヘッジファンドやその他の投機筋のコメックス先物・オプションへの強気ポジションが加わり、2023年までの15年間、その相関関係は絶え間なく正の関係で常に強いものでした。統計的に分析すると、各12ヶ月間の金価格の動きと金投資のフローを比較すると、決定係数は平均0.887でした。
この数値は、もし金価格が常に投機的な需要と完全に一致して動いていれば+1.0となり、もし正反対の動きをしていればマイナス1.0となります。そして、完全な相関関係を示すものは二つとありませんが、金価格と金ETFの残高規模、コメックスのネットロングポジションとの関係は、金が示す最も強い関係であり、銀価格との有名な相関関係よりも強いのであったのです。
しかし、過去12ヶ月間、金ETFとコメックスの投機的ネットロングポジションの規模に対するドル建て金価格の相関は、少なくとも2006年以来最低の0.273まで落ち込んでいました。
少なくともこの関係は正ではありますが、もはや強い数字ではなりません。実際、この数値を掛け合わせ、統計学で「決定係数」とも呼ばれる「r2乗」を算出すると、関係の強さは90%落ち込んでいることがわかります。2008年の新年から2023年の新年までの中央値の78.1%から、この12ヶ月でわずか7.5%にまで低下しているのです。
別の言い方をすれば、2023年は2014年以来初めて、欧米の投機的な金投資の規模が金価格と同じ方向に動かなかった年となったのです。これは、記録上(ブリオンボールトの分析では2006年まで遡る)、金価格が上昇し、投資規模が縮小した初めてのことでした。
何が変わったのでしょうか?それは金利です。世界金融危機が始まって以来、名目でゼロ金利が続いていたものの、15年以上ぶりに初めて、欧米の貯蓄者にインフレ率を上回る(あるいはほぼ上回る)プラスの実質リターンを提供するようになったのです。
かつてなら、今日の高金利は金価格を押し下げたことでしょう。しかし、その代わりに、金価格は過去最高値で取引され、過去最高値から少し下げただけで、欧米の投資需要を大幅に減少させ、既存の所有者に利益確定の売却を促す一方で、新たな購入者を抑止していました。この背景は、好調な株式市場があるのかもしれません。
ナスダック100種の昨年のリターンは53.8%でした。フェイスブックが配当を始めたような環境で、誰が金を必要とするのでしょうか?
もちろん、統計学入門の授業で習うように、相関関係は因果関係ではありません。二つのものが一緒に動くからといって、一方が他方を動かしているわけではありません。しかし、金価格については、投資の流れが価格と一緒に動く傾向があることは理にかなっていました。
どのような資産クラスでも、投資家は価格の上昇を追い求め、価格が下落すると売る傾向があります。そうやって強気相場と弱気相場が定着し、金融取引における長期的なトレンドとなるのです。一方、消費者は、財やサービスの価格が上昇すると、その需要を減少させる傾向があります。
鉱業業界のワールド・ゴールド・カウンシルがまとめ、発表したデータによると、インドの消費者は昨年、このような典型的なパターンを見せていました。それは、ルピー建て価格が15.5%上昇したため、宝飾品、金貨、小さな延べ棒を含めた金地金の需要は3.4%減少していたというものです。
しかし、世界最大の消費国である中国の需要は、昨年16.3%増加し、上海黄金交易所の基準金価格は17.2%上昇し、史上最高値を更新していました。これは、ゴールドの典型的な価格相関の3つ目の、そしておそらく最も重要な関係が崩れたことを意味します。
2023年は、金価格の上昇の中で中国の消費者が前年よりも多くの貴金属を購入し、2017年以来の珍しい傾向を見せた年となっていました。
先のチャートで、人民建て金価格と中国の消費者の金需要の相関関係が近年崩れていることを見ることができます。
2022年までの10年間では、中国の宝飾品、コイン、小額延べ棒の購入量は、金価格の方向性をほぼ反映しています。つまり、中国の消費者は、過去10年間は金価格の上昇ではインドのように金の購入を控えていたのです。
かつては金の消費国として第一位であったインドは、2000年以上も前から台所で水を使うように貴金属を絶え間なく購入していることで有名でした。しかし、インドの消費者は、歴史上採掘された金のおそらく8オンス中の1オンスを、高値で手に入れたわけではありません。それどころか、彼らは急騰したところで売却をするか購入を減少させ、急落したところを買う傾向がありました。
実際、過去10年間において、インドの消費者の四半期ごとの金需要は、前年比63%の割合でルピー建て金価格と反対の方向に動いていました。しかし、中国の消費者の金需要と価格の関係では、負の相関はさらに強く、その数字は73%に達していました。
簡単に言えば、中国の消費者は、金に詳しいことで有名なインドの家庭よりもさらに価格に敏感であったということです。その傾向は、2023年初頭までは続いていたのです。その後、何かが変わったようです。中国の金価格が史上最高値を更新し続けているにもかかわらず、2000年代初頭に中国の独裁政権が国内の金市場の規制緩和を始めた時に見られたような大きな需要の増加が起きていました。
ブリオンボールトは、昨年の春にこの変化を 最初に取り上げました。2023年の夏には、人民銀行が金地金の流通を管理するほど、金地金相場は過熱していました。
中国への金地金の輸入を管理している(そして、インドと同様に金地金の流出を完全に遮っている)人民銀行は中国の銀行に発行する輸入許可証の数に上限を設けることで、新たな輸入に制限をかけていました。おそらく、金地金の輸入に必要なドルが国外に流出していることに懸念を高めていたのでしょう。あるいは、個人による金購入が増加したことに懸念を抱いたのかもしれません。いずれにせよ、この結果中国国内の金価格をさらに上昇させることになったのです。
輸入業者のインセンティブを史上最高値まで押し上げ、供給不足が需要の強さに歯止めをかけられなかったため、金元価格も史上最高値を更新していました。
それでは中国で何が変わったのでしょうか?欧米の投資家が高金利と株高で金離れを起こしたのに対し、中国の消費者はその逆の状況の株安、さらに不動産の暴落に直面しています。為替市場や海外資産へのアクセスを遮断された彼らは、金という傑出した選択肢のみが与えられ、世界最大の金消費国である中国での需要急増はとどまるところを知らないようです。
中国の旧正月の一週間前に、上海黄金交易所における金価格は、世界最大の貴金属市場で保管場所であるロンドンの金価格をトロイオンスあたり50ドルも上回っていました。上海プレミアムとして知られるこの差は、金地金ディーラーがロンドンで金を購入し、中国で販売するために空輸する際のマージンを表しています。そして、トロイオンスあたり50ドルというインセンティブは、旧正月を前にして、過去10年間の平均の10倍以上となっており、中国国内の非常に強い需要を示唆していました。
2月9日(金)の夕方から上海が春節の連休に入り、世界的な金相場は下落する可能性が高待っていました。歴史的に見れば、欧米の投資家がその低値で金を買うのは稀なことであり、価格に敏感な取引は通常アジアの金市場で行われているのです。しかし、昨年はすでにその役割が入れ替わっていました。
繰り返しになりますが、2023年は2014年以来初めて、欧米の投機的な金投資(金のETFとコメックスの資金運用業者のネットロング)の規模が金価格と同じ方向に動かなかった年であり、記録上初めて(我々の分析では2006年まで遡る)価格が上昇し、投資が縮小した年でした。2023年には、価格が史上最高値に跳ね上がったにもかかわらず、中国の消費者は前年よりも多くの金を購入していました。
記録的な金価格の高騰、欧米の投資家の金市場からの資金流出、中国の消費者の需要の高まり。世界の金市場はこのように動くはずはなかったのです。しかし、貴金属専門家のコンセンサスは、貴金属の最大の生産国、輸入国、消費国である中国からの金需要が、不動産と株式市場の低迷が悪化する中で増加し、2024年にはさらに記録的な高値に達するだろうというものです。
これは、中国の中央銀行や投資部門の金需要を見る前の話である。この2つの要因については、近日中に詳しく紹介する予定です。
エィドリアン・アッシュは、ブリオンボールトのリサーチ主任として、市場分析ページ「Gold News」を編集しています。また、Forbeなどの主要金融分析サイトへ定期的に寄稿すると共に、BBCに市場専門家として定期的に出演しています。その市場分析は、英国のファイナンシャル・タイムズ、エコノミスト、米国のCNBC、Bloomberg、ドイツのDer Stern、FT Deutshland、イタリアのIl Sole 24 Ore、日本では日経新聞などの主要メディアでも頻繁に引用されています。
弊社現職に至る前には、一般投資家へ金融投資アドバイスを提供するロンドンでも有数な出版会社「Fleet Street Publication」の編集者を務め、2003年から2008年までは、英国の主要経済雑誌「The Daily Reckoning]のシティ・コレスポンダントを務めていました。