Fixing(フィキシング)の行方
ロンドン・フィキシングが大きな転換点に立っています。そもそも事の発端はLIBOR不正操作疑惑事件にまでさかのぼらなければなりません。LIBORとはLondon Interbank Offered Rateの略で、ロンドン銀行間取引金利と呼ばれ、ロンドンのインターバンクでの銀行の取引金利で、毎日ロンドン11時の時点でロンドン拠点を置く有力銀行(たとえば米ドル・ユーロ、日本円など主要通貨では16行)から金利のオファー(lending rate)を集めその上下数行のレートを省き平均を取ったレートで、そもそもは英国銀行協会(British Bankers’ Association:BBA)が取りまとめて毎日発表していました。しかし2011年夏ごろからこのレートの不正操作疑惑が取りざたされ、実際に銀行のトレーダーが談合していた問題が浮上し、2014年1月31日からはICE(Intercontinental Exchange)がBBAから引継ぎ、取引所による電子付け合せでレートが決定されるようになりました。そして本当は全然仕組みは違うのですが、同じように見えるゴールドのフィキシングにも、LIBORと同じような価格操作などの不正があるのではないかとの疑いがかかったのです。米国でのドットフランク法や欧州でのエミールと言った金融機関に対する規制が厳しくなってきたという最近の流れもあり、フィキシングにも規制機関からの調査が入ったのです。
私を含めたゴールド業界の人間の反応は一様に「LIBORとFIXINGは全く違うもので、同様に取り扱われるのはおかしい。」というものでした。LIBORが基本的に各銀行の任意のレートであるのに対して、FIXINGは実際に売り買いの注文が世界中から集まり、その需給によって実際に売買(いわゆる競り売買)を行い、売り注文買い注文がもっともバランスの取れるところで価格が決まる仕組みになっているからです。実際の売買によって価格が決まるところから、LIBORのような恣意性は限りなく低くなり、誰もが参加できることにより、もっともフェアで透明な指標価格としての存在が、貴金属のマーケットにおける「フィキシング(値決め)」という100年以上続く取引形態なのです。
ロンドン・フィキシングは、ゴールド、プラチナ、パラジウムは午前と午後の一日二回。シルバーは正午に一回だけ、土日祝日を除く毎日行われており、この時間だけは、「ロコ・ロンドン・スポット・マーケット」の取引が中断され、すべての注文はフィキシングに集中されます。そして競りをして値段を決め、それが決まった瞬間からまたロコ・ロンドンのオープンマーケットが再開して、市場が動きはじめます。このフィキシングの価格は毎日公表され、特に長期契約やデリバティブの指標価格として使われます。
このフィキシングは各メタルごとにフィキシングメンバーがおり、そのメンバーに注文を出すことによって、実際のフィキシングの競りに参加することになります。フィキシングのメンバーは次ぎの通りです。
ゴールド:Scotia Mocatta, Barclays Capital, Deutsche Bank, HSBC, Societe Generaleの5銀行、
シルバー:Deutsche Bank, Scotia Mocatta, HSBC
PGM:Standard Bank, BASF, Goldman Sachs
この中でゴールドとシルバーのメンバーであるDeutsche Bankがフィキシングからの撤退を表明しました。そのためゴールドはとりあえず残りの4社でのフィキシングとなり、シルバーは残りの2社ではやりきれないということになり、結局8月13日を持ってフィキシングを停止するという発表がありました。この発表があったのがちょうど3ヶ月前の5月半ば。マーケットは全く寝耳に水状態でしたが、それ以降Silver Fixingに代わる指標価格を作ることで、取引所やシステムベンダー、情報ベンダーなどが手を上げています。6月20日の金曜日にはロンドンでLBMA Silver Price Consultation Seminarが開かれ、新しいSilver Fixingの代案がそれを提案している各社から説明がありました。
Autilla
Bloomberg
CME Group&Thomson Reuters
ETF Securities
ICE
LME
Platts
この原稿を書いている段階(19日)ではまだその提案の内容はわかりませんが、来週25日ではシンガポールでLBMA Forumがあり、期せずしてこちらも最大の焦点はフィキシングの将来ということになりそうです。シンガポールでの会議はまた別途レポートしたいと思います。
以上シルバーのフィキシングがなくなるという話でしたが、今度は同時にゴールドのフィキシングに関する話も出てきました。7月7日にWorld Gold Council (WGC)の主催でロンドンにおいて銀行、精錬所、取引所、ETF、その他ゴールド投資商品のスポンサー、ゴールド業界関係社、そして鉱山会社などに加え規制当局でありFCA (Financial Conduct Authority)もオブザーバーとして出席するということです。その目的は透明性の欠如から批判の矢面に立っているゴールドフィキシングを改革し、この指標価格をIOSCO (The International Organization of Securities commissions)の原則に沿ったものにすることであり、その価格は実際の取引の価格をベースとしたものでただの出し値ではないこと、参考値ではなく、実際に取引できる価格であることなどを条件に、現物のデリバリーが可能なこと、流動性の十分にあるマーケットの価格であること、透明性が高く、毎日発表され、監査可能であることなどを上げています。ちょっと不思議なのはイニシアチブを取っているのがWGCであってLBMAであること。これは気になるところです。
今回のシルバーフィキシングの後継がどうなるかはおそらく、ゴールドそしてPGMのフィキシングの未来にも大きな影響を与えるものと思われます。それだけに業界全体としてどういう判断を下していくのかが今月(6月)そして来月半ばまでにははっきりしてくると思います。これは都度レポートしていきましょう。
★池水氏の著書『「金投資の新しい教科書」/日本経済新聞出版社』好評発売中!!
https://goldnews.jp/count2.php?_BID=3&_CID=16&_EID=773