ゴールドコラム & 特集

SGXとSGE、ゴールド新市場の現状

9月、10月と相次いで始まった上海黄金交易所(Shanghai Gold Exchange: SGE)とシンガポール取引所(Singapore Exchange: SGX)の新しいゴールド取引の様子に関してまとめてみました。

「ゴールド市場の現状」

現在のゴールドのマーケットは米国の先物市場であるCME(Chicago Mercantile Exchange)が世界の中心となって動いている。このマーケットはドル建ての先物市場であり、北米の時間帯のみならず、基本的にほぼ24時間、コンピュータ・プラットフォームの上で取引されており、ここで世界の金価格がきまっていると言っても過言ではない。過去の歴史を紐解くと、ロンドンが中心となる相対市場(OTC)である「ロコ・ロンドン・マーケット」がながらくゴールド・マーケットの中心である時代が続いたが、コンプライアンスやカウンターパーティーリスクなどから、取引の中心はここ数年OTCから透明性に勝る先物取引所での取引への動きが顕著になってきている。世界のゴールドマーケットの構成は、国際性という観点からは、CME、ロコ・ロンドンそして東京商品取引所がその大部分を占めているが、ここ数年CMEの地位が相対的に上昇してきているのだ。

「アジアでの新市場創設の動き」

まさにCMEの一人勝ちと言ってよい状況の中、アジアでは独自の市場創設の動きが出てきている。1980年代後半から2000年台中盤までアジアでの価格決定権は東京工業品取引所(Tocom:現東京商品取引所)が握っていたのだが、2010年以降CMEのプラットフォームの24時間化、そして新商品取引法による規制により、2008年あたりからTocomの取組高が減少し、アジアでもCMEの価格決定権が大きくなっていったのである。そして現在では、アジアでもトレーダーの最終的な取引市場はCMEになっていると言っても過言ではないだろう。

「CME Gold?投資家ロングポジションの推移とドル建てゴールド価格の推移」



(東京商品取引所の取組高推移と円建てゴールド価格の推移)



しかしこのCME一人勝ちの状態に対して、世界最大のゴールド現物需要があるアジアでは独自の市場を創設するという動きが出て来ている。そもそも先物取引が中心の米国のCMEでの価格ヘッジは現物取引が中心のアジアでは、価格ヘッジと現物の取引の二段階のステップを踏む必要があり、使い勝手は決してよいものではなかった。また、それだけの需要を持ったアジア市場としての価格決定権を取りたいという思惑もあり、今年後半から上海(SGE:上海黄金交易所)、シンガポール(SGX:シンガポール取引所)で新たな取引が開始され、東京商品取引所でも来年5月から新しい限日取引を開始することが決定されている。

上海では中国国内のゴールド現物取引の中心であるSGEが上海の自由貿易試験区(FTZ:Free Trade Zone)で国内での取引とは別建てのSGEI(Iはinternational boardの略)を開設し、9月18日に取引を開始した。国内のSGEが国際的には未だ閉じられたものであるのに対して、海外からの参加者をターゲットにしたマーケットであり、取引している現物はたとえば99.99%のキロバーであり、国内取引に準じたもの。SGEIではその条件さえクリアすれば海外のトレーダーがメンバーとなることができ、理論的にはこのSGEIを通じて国内SGEの価格も海外とリンクすることが可能になる。これは当然中国政府からのバックアップもあり、中国のゴールド市場の最終的な国際化への一歩であり、今年6月に行われた国際会議において、SGE会長が上海を「世界的なゴールド取引のセンターにしたい」という目標を明かにしおり、アジアにおけるその優位的地位を確保したいことを明言している。現物もFTZ内に1500トンものゴールドを保管できる倉庫も用意してあり、海外からの中国へのゴールド現物の入り口とするのみならず、この倉庫を現物基地とし、アジアの中継ハブをすることも視野に入れている。

シンガポール取引所は10月13日からゴールドの現物取引を開始。シンガポール国際投資庁、SBMA(シンガポール・ブリオン・マーケット・アソシエーション、トレーダーの自主規制団体)、そしてワールドゴールドカウンシル(WGC)の協力の下、25kgを取引単位とした99.99%のゴールドのグラム当たりドル建てという変わった建値での取引である。東南アジアでの実需マーケットの需要を取り込み、ひいてはアジアでの価格主導権を握りたいというのがその目的。シンガポールでのゴールド現物取引を円滑に行うため、KGA(キロバー・ゴールド・アカウント)を設定し、この口座において現物の受け渡しがなされるという仕組み。SBMAに属する4銀行がカテゴリー1というカテゴリーに分類され、この4行がGDA(Gold Delivery Agents)として参加者の口座を管理するという仕組みである。この4行とはJP Morgan Chase、Standard Bank Plc、Standard Chartered Bank、The Bank of Nova Scotiaであり、これらの銀行が各行2トンずつのゴールドを認定倉庫であるBrinksに預けており、それをKGAの現物の裏付けとしている。

「笛吹けど踊らず」

上海・シンガポールともここまでの実績をみてみるとほとんど意味のある出来高はできていない。上海は初日こそそこそこの出来高があったが、それ以降は国内SGEの出来高と比べるとほぼ数10分の1。もっと深く分析するとそのうちの大部分がどうも記録づけだけのための名目取引のように見える。

シンガポールは上記の4行以外にはまだ参加者がおらず、目的とした東南アジアの実需も投資家もいない状況であり、出来高は2枚、つまりこれも形だけのメンバー間取引だけの状態である。

まだ始まって1ヶ月や2ヶ月でダメだしをするのは時期尚早であると思われるが、両取引所ともそれなりの成功を収めるためには、大きな変革が必要であろう。30年以上昔から世界中でゴールドを上場する動きは数え切れないほど行われてきたが、コメックス(現在はCMEの一部)以外で成功したと呼べる例は東京商品取引所くらいのものであり、今回のこの二つの取引所もまた同じ運命をたどるのではないかと危惧する。現在CMEが世界中で取引でき、そこに流動性が集中していることを考えると、その流動性を捨ててでも上海やシンガポールで取引するという理由に欠けるのである。彼らが成功するとすれば徹底的にローカルに徹し、地場の需要家、生産者、投資家に使い勝手のよい、そしてCMEにはない利便性をアピールする以外にはないだろう。地場の参加者(シンガポールなら東南アジア、上海は中国)が流動性を生み出せば、それが世界からのオーダーも引き寄せることになる。現在ほとんど取引はない状態であり、ここをいかに打開できるか、おそらくここ数ヶ月でそれができなければ、これまで消えていった世界のほかの多くのゴールドコントラクトと同じ道を歩むことになるだろう。

★池水氏の著書『「金投資の新しい教科書」/日本経済新聞出版社』好評発売中!!
https://goldnews.jp/count2.php?_BID=3&_CID=16&_EID=773

岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

最新コラム

新着ゴールドグッズ

一覧を見る