ゴールドコラム & 特集

ゴールドの地上在庫とリサイクル

今週はゴールドの地上在庫とリサイクルの話をしましょう。3月の上旬にWGC(World Gold Council)とBCG(The Boston Consulting Group)が共同で「The Ups and Downs of Gold ? Recycling」というペイパーを発表しました。それを参考にしてみました。なかなか面白い内容だと思います。

「ゴールドの地上在庫」

ゴールドは長い長い間人間の想像力を魅了し続けてきました。展延性があり、摩擦に強いので、宝飾品からスマートホン、そして宇宙船の安全装置までいろいろなものに使われています。ゴールドは変色したり、錆びたりしないため、有史以来掘り出されたゴールドはなんらかの形で地上に存在しているといことになります。2014年のThomson Reuters GFMSの「Gold Survey」によれば、2013年末のゴールドの地上在庫の量は 176,000トンということでした。このゴールドの地上在庫は、宝飾、中央銀行の保管、個人投資家の所有、そして工業加工製品という形で存在しており、このうちのほんの少しの部分が、時間の経過とともに失われたと考えられます。下の図ではUnaccounted forという表現で簡単にいうと「行方不明」ということですが、その割合は全体の2%程度であり、ほとんどの生産量がそのまま地上に残っていると考えてよいと思います。



上の図は2004年から2013年の10年間のゴールド地上在庫の増加の様子です。2004年には153,000トンだったものが10年間で176,000トンとなり、一年あたり1.6%その量が増えてきています。10年前も今もその在庫の各分野の占める割合はほとんど変わっていません。2013年でみると一番多いのは宝飾の在庫で85,900トンでほぼ半分の49%を占めます。やはりゴールドの使用用途で一番大きいのは宝飾品ということになります。それに次ぐ二番目の分野は34,400トンで個人の投資による保有です。公的機関(中央銀行)の在庫がそれに続き、30,500トン17%を占めます。ちなみにそのうち8000トン以上を米国が持っています。そして最後に産業用加工分野で21,600トン、12%にあたります。

「リサイクル」

ゴールドの地上在庫のすべての部分がリサイクルされる可能性がありますが、そのほとんどが、再び流通マーケットに出てくる可能性は極めて小さいものです。2009年ゴールドのリサイクル市場が記録的なレベルに達したときも、その数量はすべての地上在庫の1%にしか満たない量でした。この在庫のほとんどが、おそらくこの先も二度と流通マーケットに戻ってくることはないだろうと思われます。その理由として以下の点があげられます。

・ 多くの人々にとって宝飾品は心情的価値があり、強い感情を呼び起こすものであり、そういう思い出の品とは別れがたい。

・ある人々にとってはゴールドとのつながりは宗教的なもの。たとえばインドのお寺に収められてあるゴールドは神聖なものであること。

・多くの投資家は、ゴールドを売るよりも世代を超えて家族に引き継ぐものと考えていること。

・中央銀行はゴールドを重要な準備資産として考えており、近年のトレンドは彼らはゴールドを売るよりも買うという姿勢であること。

・我々が普段使っているハイテク機器の中に入っているゴールドの価値を知らない人が多い。そのため古い携帯電話や1980年代から90年代のコンピューターは捨てられて埋立地の地中に埋もれている可能性が高い。

地上在庫全体のレベルでみるとこのようにリサイクルされる割合はほんのごく一部となりますが、年間のゴールド供給量で考えると1995年から2014年年末までの間の年間供給量の平均約1/3を占めます。

ゴールドのリサイクルは2つのセグメントから成ります。

・リサイクルされるゴールドの約90%が、宝飾品(コインやバーが含まれることもある)のような高価値のゴールドからのもの。

・産業スクラップからのゴールドの回収は全体の10%に過ぎませんが、10年前5%であったことを考えるとその割合は倍増しています。主に電子財や電気製品に使われたゴールドがその原料となっています。

「ゴールドのリサイクルをコントロールするもの」

ゴールドのリサイクルは価格とそのときの経済情勢に左右されます。1999年にはすべての供給の中のリサイクルの占める割合は17%でしたが、2009年には価格が上昇、経済も不景気に突入し、ゴールドのリサイクルは史上最高の1728トンとなり、ゴールド供給の42%を占めました。リーマンショックにより世界経済が危機に陥ったとき、西側先進国では新しいタイプの回収業者が雨後の筍のごとく開業しました。



彼らはお金に困った消費者が高品位の宝飾品を売るのを回収したのです。米国ではたくさんの「ゴールドを現金で買います」という業者が大規模なコールセンターと巨大な予算をかけたメディアでの宣伝を武器に表舞台に登場し、大きな利益率で宝飾買取ビジネスをおこなったのです。少なくともしばらくの間は。2009年には Cash4Gold.comという郵便でゴールド、シルバーそしてプラチナの宝飾を買い取る会社は、スーパーボールのテレビ生放送で30秒間もコマーシャルを流したほどです。(アメリカで一番コマーシャル枠が高いとされている時間帯です。)そしてその3年後彼らは倒産しました。この例は、このあたらしい買取業の急激な縮小を示しています。近年では、ゴールド価格がさらに下落し、世界経済が回復の基調にあり、ゴールドのリサイクルは減少しています。2014年は2007年以来の最低の量で1122トンで、総供給量の26%までその割合は下がっています。

ゴールドリサイクルの価格に対する弾力性が高いことはゴールドのマーケットのバランスを保つ役にたっています。供給量の最大の部分を占める鉱山生産はこのような価格の動きに対する反応は時間がかかります。2004年から2013年の間に生産を開始したゴールド鉱山は126個あり、その平均的な開発にかかる時間は17年と言われているからです。

ゴールドのリサイクルを動かす力をよりよく理解するために、WGC(World Gold Council)は、1980年から2012までの年間リサイクルのデータを計量経済学的に分析しました。その結果3つの大きなテーマが浮き上がってきました。

・リサイクルからのゴールドの供給量は時間がたつにつれて増える。長期的には年率にして4%の割合で増加している。要因の一つとして宝飾の消費が増えることがある。GFMSの数字によると1982年以来、宝飾品の在庫は2%から9%の割合で増加しており、地上在庫としての宝飾の量は2013年末で86,000トンにまで増えている。

・経済危機はリサイクルを活発にさせる。経済危機が起こると人々は流動性があり現金に換えることができる資産としてゴールドを取り扱う。1990年代後半のアジア経済危機のときはリサイクルは19%増加し、そのほとんどはアジアの国々からの増加であった。2008-2009年の世界経済危機は、もっと大きな衝撃を世界に与え、リサイクルは25%増加した。このときは価格の急騰と経済危機が同時に起こったこともその要因であるが、経済危機の影響は価格高騰プラス20%のリサイクルを生んだと考える。

・価格の変化は直接的短期的にリサイクルの動きに影響を与える。年間の価格変動がゴールドリサイクルの動きの75%の要因であり、1%の価格上昇に対して、ゴールドのリサイクル供給は0.6%増える。もしゴールド価格が高いレベルで安定すればリサイクルの増加は翌年減少に転じる可能性が高い。これは、高騰した価格によって、出てきやすい位置にある供給(宝飾スクラップ)すべて出尽くすからだと考えられる。

リサイクルは現在ではゴールドの供給の重要な部分です。リサイクルされるゴールドは時を追って増えていくと考えられますが、短期的には相場の動きと経済情勢ショックによる影響が大きいものです。2014年にはゴールドのリサイクルは過去7年間で最低のレベルまで落ち込みました。今年2015年もおそらくこの落ち込みは続くと思われます。

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岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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