ゴールドコラム & 特集

LBMA価格有料化のもたらす波紋

ロンドンのゴールドマーケットは100年以上の歴史を誇り、名実ともに世界のゴールドマーケットの中心にあったと言えますが、ここ数年その地位がゆらぎつつあります。


Chart : (1968年から今までのGold Am(Fixing) Price)


ロンドンフィキシング(値決め)に関する大きな変化とロンドンを代表とするOTC市場の地位低下に関しては、ちょうど昨年の今頃、この「ゴールドディーリングのすべて3」でも書きました。

ちょうど一年が経って、現在また新たな問題が浮き上がってきているので、今週はそれについて書きます。

そもそもロンドンフィキシングの歴史が終わるきっかけになったのはLiborにおける不正操作事件で、その余波を受け、貴金属も含めたすべてのベンチマーク価格の決め方をマーケットの参加者ではない第三者によるシステムに委ねることになったのです。

使う者の立場からすれば本当に面倒くさいのですが、ゴールドとシルバーとPGMは三つ違うオペレーターによるシステムとなりました。

ゴールドはICE(2015年3月20日から)、シルバーはCMEとThompson Reuters(2014年8月15日から)、PGMはLMEのシステム(2014年12月1日から)によって、現在、「LBMA Price」がゴールドとPGMは一日に二回、シルバーは一回、決められています。各メタルの値決めの参加者(昔でいうFixing memberにあたります。)は以下の表の通り。つい最近、中国のBank of ChinaがGold に参加しました。



元来Fixing Priceは誰でも無料でそれを利用(参照)することができる価格でした。しかし、この10月からはそれが有料化される予定です。このシステムのオペレーターたちは当然のことながら、そのコストをカバーするための利益を上げる必要があり(ビジネスであり慈善事業でない限りこれは当然のことですね。)、この有料化は最初から計画されたものでした。

ICEのゴールド金融機関には年間2万ドル、そしてリアルタイム価格の最終ユーザーは一ヶ月につき20ドルを払わなければなりません。シルバーのシステムを担当するCME(Chicago Mercantile Exchange)とThompson Reutersは、リアルタイムデータは一月20ドル、15分遅れのディレイドデータは無料。PGMはLME(London Metals Exchange)のシステムですが、10ドルのチャージで、無料のデータは翌日配信ということになっています。PGMの価格に関しては、もはやリアルタイムの価格のフリー配信はされておらず、現在、インターネットのいろいろなサイトやロイター、ブルームバーグでも一日遅れの価格しか入っていません。

これは使う方としてはとても不便です。個人的にはベンチマーク価格の重要な定義は誰でも容易にアクセスできる価格であることだと思っているので、この制限はベンチマーク価格としてのLBMAプライスの役割を大きく阻害するものだと思います。

折りしも中国のSGE(Shanghai Gold Exchange)が2015年の年末までに人民元建てのゴールドのフィキシングをはじめると発表しました。中国は世界一のゴールドの生産国であると同時に毎年インドと1、2位を争うゴールドの輸入国でもあり、その国のゴールドフィキシングがマーケットに大きな影響を与えることはおそらく必然でしょう。人民元建てというのが、海外のプレイヤーにとっては当初は使いづらいでしょうが、ゴールド現物の世界の最大手である中国のプレイヤーがLBMA Gold priceの代わりにこのSGE fixingをビジネスのベースに使い始めると、当然のことながらここに流動性は集まり、世界のプレーヤーも無視するわけにはいかなくなるでしょう。

中国政府は人民元の自由化を目指しており、そうなったときには海外のプレイヤーにとってはより身近なものとなるでしょう。そして中国の時間帯はまさに東南アジアやインドにとってもworking hourであり、夜になってしまうLBMA Priceを待つ必要は一切なくなるのです。その上にデータ利用の有料化とくれば、アジアのマーケット参加者はいっせいに新しい中国のベンチマークにそのリファレンスを移す可能性があります。

ベンチマークプライスは、誰でも取引が自由にできて、その価格形成及び伝達に透明性があることが最低条件です。逆にそれが満たされるのであれば、どこの価格であっても構わないわけです。

ロンドンは100年以上にわたって世界の貴金属マーケットの指標価格をFixingの形で提供してきました。しかし、それがこの先もずっと続くと考えない方がいいでしょう。価格の使用にコストを課し、それでもこれからも世界中のプレイヤーが唯々諾々として、そのまま素直にそれに従うとは思えません。

ゴールドの現物の取引の中心は明らかにアジアに移っています。そして価格形成力に関していえば、もはやロンドンのOTCマーケットよりも米国CME先物取引が圧倒的な中心になっています。

現物のビジネスもない、先物取引での価格形成力もない、まさに制度だけが存在するマーケットになったとき、ロンドンのマーケットにおける地位は下がって行く一方になってしまうのでしょう。ベンチマーク価格の有料化、不可視化はその一歩になるような気がしてなりません。


岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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