南アの電力危機再び?
2008年年初にプラチナが1400ドルから2300ドルという歴史的最高値まで急騰、その後800ドル割れまで急落したことを覚えている方は多いと思います。まさにRoller Coasterのような前代未聞と言っていいような相場でしたが、その上昇のきっかけとなったのが、まさしく南アの電力不足、そして洪水の話でした。当時は一律10%の電力供給のカットということで、南アの深い深い鉱山採掘現場での空調と排水はまさに電力に頼っており、電力の供給カットはライフラインが断たれるということで、最大手のAnglo Platinumの複数のプラチナ鉱山が5日間に渡って操業できなくなり、ほかの工場にも影響が出ました。これにより供給不安が高まり、プラチナは歴史的高値まで急騰したのです。
その後、なんと800ドル割れまで急落したわけですが、今度はサブプライム問題に端を発したリーマンショックにより、世界的不況への突入、特に米国の自動車Big3の事実上の破綻にまで急速に悪化、それにより最大の需要である自動車触媒の壊滅的状況からの急落となりました。供給サイドの最大要因南ア、そして需要サイド最大要因の自動車、まさにプラチナの二大要因が絵のように相場を動かした例でした。
さて、それで今回。一部では南アの電力事情がこの2008年以来の危機的状況であるといわれています。具体的にどういうことなのか、Standard Bankの南アからのレポートからその状況をみてみたいと思います。
南半球南アは今から冬に入ります。もっとも電力需要の大きい季節ですが、現在ピーク時の電力消費に対しての南アEskomの電力供給能力余力は500MW(メガワット)と1%以下になっています。平常時であれば約10-16%くらいの余裕があります。国際標準も15%前後が普通であり、これが1%以下ということはほとんど余裕がないということになります。日本でも震災直後、真夏のピーク時に電力が足りずに計画停電がなされたことは記憶に新しいですね。
Eskomの通常の電力生産キャパシティは44,000MWですが、現在はこれが減少しています。この減少は一時のものですが、ただ不安とリスクがあるのは、現在問題をかかえて電力生産できなくなっている設備がどれほどの期間、この状態のままなのかがわからないということです。
まず1月に起こったMozambiqueのからの送電事故により650MW分の電気がストップしています。そして2月Koeberg原発での電気分配器の故障によりここからの950MWの電力供給がストップ。3月13日には予備的な施設での火事により、さらに400MW分の供給が止まってしまいました。これにより鉱山会社への電力の供給が中断されています(主にゴールドの生産者向け)。これらのほか計画にない電力供給ストップの量をあわせると7200MW、そして点検などで計画された電力供給ストップが3700MWとなり、この結果3月20日現在で電力供給余力が1%ということになったのです。
そしてこれに輪をかけるように、石炭生産者のExxaro社で労使問題が発生しました(この会社はEskomの発電所への石炭の供給の25%を占めています)。これが電力不安により拍車をかけることになりました。この石炭を使っている発電所は現状だいたい3週間分の石炭の備蓄(鉱山から発電所の間にある在庫)があるので、ただちに生産不能に陥るわけではありません。もっともその備蓄が少ないMatla発電所でも2週間分の備蓄があります。ただこの間にExxaroでのストライキが解決しなければ、石炭の供給不足がそのまま電力供給のカットにつながる可能性があり、そうした場合、電力を大量に使う南アの鉱山生産に大きな影響を及ぼす可能性があります。
2008年の電力不足が起こったとき、電力の供給と需要のギャップはなんと4000MWにまで広がりました。予定されたメインテナンスのための生産ロスが3715MW、故障によるロスが4235MW、そして当時の水害のため石炭が塗れたための不足が2694MWもありました。より大きなリスクは、予想外に起こるこの最後の例ようなイベントリスクです。
Eskomの電力供給に対する不安はもはや昨日今日の話ではなく、南アでは当然ある程度折込済みでありますが、2013年年末に予定されているMedupi火力発電所の完成も難しくなってきています。この火力発電所は現在のEskomの発電能力に4800MWを加えるものになる予定です。この発電所工事は昨年クリスマスに労働者が帰省して以来、実質的に工事が止まっています。やはりここでも労働者との賃上げ交渉が行き詰っているのです。この遅れは南アにとっては非常に痛いものです。本来ならば2011年には稼動する予定のものが2012年前半、そして後半、そして今や2013年末と遅れに遅れていましたが、いまやこの2013年年末でさえ非常に楽観的と思える見通しになりつつあります。
こういう状況下において、唯一2008年に比べてポジティブだと思えるのはEskom自体が当時よりも危機的状況への準備があることでしょうか。需要側を厳しくコントロールする準備があるようです。
2008年の電力危機が南アの鉱山産業、特にゴールドとPGMにもたらした影響は、やはり特にPGMの供給不安をさらに掻き立てるものです。投資家は現在の南アのプラチナ鉱山の一部閉鎖(Anglo Platinumが2月に発表したような)、ずっと続く労使間、および労働組合間の問題、をやはり気にしており、その上に今回の電力危機が重なってくるわけですから。プラチナの需要はまだ弱いままですが、それでもやはり2013年のプラチナ(およびパラジウム)は供給不足に陥るでしょう。しかし、2008年の数日の完全な生産ストップと違って、今回Eskomは電力供給の量をカットしてもおそらく完全に供給ストップということにはならないでしょう。今後南アの供給の状況がやはりプラチナ相場の最大の不安定要因になるでしょう。そして万が一のイベントリスクがあったときにはプラチナが大きく動く可能性があることを意識しておいたほうがよいでしょう。
以上
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