ゴールド上昇の理由
年初からのゴールドの上昇が、これからも続く長期的なトレンドなのか。それを考えるためには、この上昇の原因が何で誰なのかを考える必要があります。年初の1060ドルから高値の1260ドルまで動きには2つの段階がありました。
1. 1月は米国の金利の修正がなされた月でした。2年物財務証券の利回りは1.035%で年初は始まりましたが、2月の頭には300bp下がって0.72%になりました。ゴールドは1060ドルから1130ドルへ上昇、米国のさらなる金利上げ期待が後退した結果でした。
対象的に米ドルは、他のG7通貨に対して様子見であまり大きく動きませんでした。ユーロはECBのさらなる金融緩和予想により、頭を抑えられましたが、実際に1月22日にドラギ総裁により一段の緩和がありました。
2. 1月下旬からのゴールドの上昇要因は複雑ですが、それをまとめると米ドルの急激な下落と世界の金融政策とそれが果たして経済成長に結びつくのかという不安が、さらなるゴールドの上昇に油を注ぎました。
ドラギ総裁は、「我々の持てる手段をすべて使って(金融緩和)やることにリミットはない。」と言い、原油の下落と新興国市場のボラティリティの激しさから、すでにマイナスであるユーロ金利をさらに下げる可能性があると市場は見ています。
日本銀行も1月29日に史上最初のマイナス金利へ舵を切りました。その最初の反応は円が118円から121円半ばまで急落したあと、2月2日からその流れは逆転し、株式市場から資金が逃げるのと同時に円はドルに対してどんどん強くなって行きました。金融機関の問題から(ドイツ銀行など)欧州の株式市場も頭が重たくなり、ユーロはドルに対して上昇、ドルインデックスはわずか9日で99.6から95.69まで下落しました。
「現金の死」
ゴールドの上昇のもう一つの背景として、現金決済の制限と高額紙幣の廃止の声が出ていることもあげられます。1月26日付けのドイツの経済誌で「現金の死」という記事が出ました。これは社会民主党が、ドイツにおける現金での取引を制限し、500ユーロ札を廃止すべきと論じているものです。
また同じくStandard Chartered Bankの元CEOであるPeter Sands氏は55ページに渡るレポートの中で500ユーロ紙幣のみならず、1000スイスフラン紙幣、100米ドル紙幣も廃止するべきだと論じています。「すべてのキャッシュを廃止すべきというわけではない」が、「もはや現金は現在の合理的な経済の仕組みの中では、その役割は重要ではない。」としており、この論議に不安を覚える向きが多いことは容易に想像できます。
投資家が政府に対して信頼を失い、政治家がマイナス金利と具体的な政策で「現金」に対する攻撃を始めたとき、当然ゴールドは選ばれるべき資産なのです。
「誰が買っていたのか?」
ゴールドを買う理由と同様に、いったい誰が買っているのかを考えるのは重要です。主要な現物マーケットである、中東、インド、アジアは大部分静かであったと言えます。実際、ゴールド価格が1150ドルを超えたとき、現物需要は大きく下落しました。インドの在庫は、はるかに安い価格で買われた分が十分にあり、中国の需要家は、旧正月が終わりほとんど買い意欲もない様子でした。
TOCOMの先物建て玉残は価格が4300円を超えたことで落ち込み、ショートカバーは見られたものの、積極的に円安に備えるような買いは見られませんでした。
価格の動きに影響を与えたのはいつもどおり、ヨーロッパと米国の投資家です。1月頭から2月の中旬までの間にCOMEXの投資家ショートポジションは2.78moz(約86.4トン)買い戻され、ロングは約5moz(約155トン)増加しました。まだ同じ期間に最大のゴールドETFであるSPDR Gold ETFは2.36moz(約74トン)残高が増加し、コールオプションの残高は28トン分増加、欧州で上場されているGold ETFの合計は約1moz(約31トン)増加しました。
前述の「現金の死」という記事がドイツの経済誌に掲載された日に、SPDR Gold ETFのcall optionを大量に買った投資家(おそらく一人)がいました。これは非常に興味深い偶然だと言えます。この日、米国の株式市場がオープンしたとき、ゴールドは1111ドルで取引されており、SPDR Gold ETFは一株106.36ドルでオープン。そして午前中の中間くらいで、75000ロットずつのMar 18th 108ドル行使価格と117ドル行使価格のSPDR Gold ETFのcall optionが買われたのです。この買いは非常にタイミングの良い買いであり、このあとゴールドはまったく戻ることなく12%も上昇したのです。
「この相場転換は持続的なものか?」
ゴールドマーケットは基本的なところが変わりつつあるのか?主要な変化主導要因は、世界の主要経済の金融政策ですが、ゴールドをめぐる議論はインフレへの恐れから、中央銀行の政策の有効性に対する恐怖、現金と現在の世界の金融システムに対する攻撃に変わりつつあります。
特にG20によるマイナス金利の受け入れは、株式市場の混乱や信用リスクの高まりに呼応して、機関投資家や個人投資家に「防御的」な行動を取らせつつあります。
これは中央銀行が過度で安すぎる流動性を供給し、政府が深い構造的な問題を解決するための時間稼ぎの手助けをしてきました。この時間稼ぎの時間はほとんど浪費され、問題は解決されないまま時間切れを迎えつつあると感じている投資家がいるのです。
国レベルで再び最も弱い経済の「狩り」が始まりつつあります。南欧の国債の利回り上昇と中東のレーティングのダウングレードがそれを示しています。そして銀行業界では、急速にその資産が悪化しつつあります。
多くの資産運用者が、今年に入ってから最低限のゴールドの資産への組み込みを始めており、それがゴールドマーケットには大きなインパクトを与えています。またテクニカルな見方においても、ゴールドマーケットは非常に改善しています。
こう考えるとゴールドの弱気(ベア)マーケットはほぼ終わったと考えられるでしょう。しかし、それは必ずしも強気(ブル)マーケットが始まったことを示すわけではありません。そして短期的には、恐怖要因があまりに行き過ぎていると思います。
・ マーケットは米国金利は来年まで上げることはないと見ています。2月11日にはFFレートは0.395%に下落しました。
・ FRBはマイナス金利キャンペーンに参加するわけではない。(Bernanke元FRB議長の12月のインタビューはこの点で見る価値ありです。)
・ 円はまだ強くなる可能性がある。ユーロは1.10を下回るレベルに戻りつつある。
・ 金融マーケットの深刻な状況は若干緩みつつある。
・ 西側の銀行システムは、新たなシステムリスクの引き金を引くような状況ではない。
「まとめ」
・ ゴールドの底値はおそらく切り上げられたが、ブルマーケットが始まったと判断するにはまだ早すぎる。
・ 1225ドルは安定しているが、上値は重たく見える。実需の買いが弱いことを考えると、ラリーを追うよりもここでショートをしたいと考える。
・ 多くの投資家が世界の中央銀行の政策の失敗を心配している現状では、1200ドル以下では「保険」としてのゴールドの買いが入ってくるものと考える。