ゴールドオプション活用住友金属鉱山の例
住友金属鉱山がそのニュースリリースでポゴ金鉱山のオプションを使ったヘッジの詳細を発表しました。これがゴールドオプションの活用例として興味深いので今週はこれを見てみましょう。ポゴ金鉱山は、アラスカ州にある金鉱山で、そのゴールド埋蔵量は2004年の調査の段階で152トン、年間の生産予定量は約12トン、鉱山寿命10年、権益比率は住友金属鉱山関係会社が51%、テックコミンコ社40%、住友商事の子会社が9%。つまり住友金属鉱山がメジャーシェアを握ります。この鉱山のゴールド生産の住友鉱山分の半分をオプションを用いたヘッジで予想を超える価格変動のリスクを回避しています。
2016年3月1日にされた「ポゴ金鉱山の金ヘッジ追加実施について」というIRのプレスリリースが以下です。
▼住友金属鉱山:ポゴ金鉱山の金ヘッジ追加実施について
以下引用:
住友金属鉱山株式会社(本社:東京都港区 社長:中里 佳明)は、2009年からポゴ金鉱山(米国アラスカ州)の当社生産金の販売価格をヘッジ取引により確保することを目的として、長期的なヘッジを実施してまいりましたが、さらに引き続きつぎのとおりヘッジを実施いたしましたのでお知らせします。(ヘッジの内容)・2017年1月から2017年12月までのポゴ鉱山生産予定金量のうち、当社権益分85%の2分の1について、ミニマックス(注1)によるヘッジを実行しました。下限価格は$1,100/トロイオンス、上限価格は$1,410/トロイオンスとなっています。
(注1) ミニ・マックスによるヘッジ当社が一定金量を、$1,100/トロイオンスでトレーダーに売れる権利(プット・オプション)を買い、当社からトレーダーが一定金量を$1,410/トロイオンスで買える権利(コール・オプション)を売ることにより、コストなしで$1,100/トロイオンス?$1,410/トロイオンスの幅で対象金量の実効販売価格を固定する取引。本ヘッジ取引により、ポゴ鉱山の2017年1月から2017年12月生産予定金量のうち当社権益持分の85%の2分の1の販売価格は、金のスポット価格が$1,100/トロイオンス以下の場合は$1,100/トロイオンスが確保され、スポット価格が$1,100/トロイオンスから$1,410/トロイオンスの場合はスポット価格のとおりとなります。またスポット価格が$1,410/トロイオンス以上の場合は$1,410/トロイオンスとなり、ポゴ鉱山生産金の収益は一定の幅の中で確保されることとなります。
本取引の実施により、当社はポゴ鉱山で2017年1月から2017年12月の間に生産する金について将来の金価格が$1,410/トロイオンスを超えて高騰した場合は、生産数量中の当社権益持分の2分の1につき$1,410/トロイオンスを超える価格上昇メリットを享受できないリスクがありますが、逆にその間金価格が$1,100/トロイオンスを下回った場合は、生産予定数量中の権益持分の2分の1につき$1,100/トロイオンスの販売価格を確保できることになり、当社の業績安定に資するものと考えております。
引用終わり
上記の表のように、2009年から現在、そして2017年年末までの価格の彼らの持分の半分に当たるゴールドの価格下落リスクのヘッジのためにオプションを活用しています。その働きは上記のプレスリリースで丁寧に説明してあります。正直ここまで発表する必要があるのかと思うほどの丁寧ぶりにびっくりしていますが、投資家にとってはこれは非常に貴重な情報でしょう。本来住友金属鉱山にとってのリスクは、やはりゴールド価格が下落することです。当然このプロジェクトを行うに当たって、FS(Feasibility Study)は非常に綿密に行われていますが、その前提となるゴールド価格が、FS時より高くなればなんら問題なく、逆に利益がどんどん増えるわけで、その逆として、想定していたゴールド価格よりも相場が下がれば、見込んでいた利益が出ないどころか、場合によっては事業自体が赤字に陥ることもありえます。もっとも単純な価格下落ヘッジは、将来生産するゴールドを今の相場で採算が合うと考えるのならば先物(Futures)を使って先に売ってしまうことです。これにより、売却の価格は決定され、どんなにそれからゴールド価格が下がろうと決まった利益が確保されることになります。ただし逆にもし価格が上昇し、ヘッジで売った価格を超えて上がったときは、本来であれば(ヘッジをしていない状態であれば)取れるはずの相場上昇による利益を享受することはできません。そして先物を売るという行為はそれなりのコストがかかります。
そこで彼らが活用したのがプットオプションとコールオプションの組み合わせである「ミニ・マックス」という手法です。その内容は上記のプレスリリースの注1にある通りなのです。彼らの最低限確保したいゴールドの価格は1100ドルということで、1100ドルで売る権利(put option)を購入します。それと同時に1410ドルで買う権利を売ります。このとき、この1410ドルのコール・オプションを売ることで得られるお金(プレミアムといいます。)と1100ドルで売る権利(プットオプション)を買うことで払うプレミアムが同額になれば、この組み合わせがゼロコスト、つまり無料で行うことができます。現在の価格予想変動率(ボラティリティ)のレベルで計算すると、ゴールド価格が1230ドルまで上昇したときに初めて、住友金属鉱山の目標としていたレベルに来たも思われます。つまり、1100ドルのプットオプション買いと1410ドルのコールオプション売りが同じ価値になったということです。そこを見逃さずにヘッジを行うのはさすがと言えます。おそらくそのレベルになるまで待っていたものと思われますがそれもさすがです。
住友金属鉱山にとって大切なのは1100ドルのプットオプションです。これによって下値のリスクがヘッジできるということが大切であり、もしゴールドが1410ドルを超えて上昇したときには、その超えた分で得られる利益はすべて放棄するということになりますが、その可能性が低く、とりあえず下値のリスクさえ回避でき、そしてヘッジコストもこれで無料になるのであれば、1400ドル以上になるリスクは、構わないということなのでしょう。実際にゴールドを生産する業者であり、その売却が目的である会社であるからこそ、このリスク(オプションの売却)を負えるのでしょう。この戦略、これまでのところは非常にうまく回っているようです。
東京商品取引所(Tocom)が再び金オプションを活発化させようとしています。本来であれば、オプションはこのような実需のニーズからインタレストを掘り起こしてくることから始めるべきです。そのインタレストを持っているのは圧倒的に鉱山会社です。彼らはnatural long、ゴールドをロングしているわけですから。1980年代90年代、アジアで、いや世界で最もゴールド・オプションを多用していたのは、豪州の鉱山会社でした。その彼らが、ゴールドが上昇相場に入った2003年以降、ヘッジ自体を行わなくなり、アジア時間帯でのオプションの取引はほとんどなくなったと言ってもいいでしょう。住友金属鉱山の例はその中でも稀な例と言えるかもしれません。Tocomがオプションで成功するためにはまず、どんなニーズが存在するのか、もしくは新たなニーズをどうやって掘り起こすのかをまず検討する必要があるでしょう。