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米政府閉鎖でも上がらない金価格の論理

米暫定予算案を巡る協議は、オバマ大統領の政策の柱である医療改革法の実施・延期を論点に絡め、議会で激しい攻防が繰り広げられている。一応の目安とされていた9月末までに民主・共和両党は合意点を見出すことに失敗しており、ついに17年ぶりの政府機関閉鎖といった異常事態を迎えている。現在の暫定予算を認める政府機関を絞って当面の危機を回避する道なども模索されているが、医療改革法は民主・共和両党にとって譲れない一線となっていることもあり、依然として先行き不透明感の強さが否めない状況になっている。

こうした投資リスクの高まりを背景に、量的緩和政策の縮小開始を見据えて急騰していた米金利は低下傾向を強めている。10年債利回りは9月5日の2.994%をピークに、直近の10月2日では2.659%まで低下し、概ね8月上旬の水準に回帰している。安全資産としての米国債に対して退避需要が発生していることが、明確に確認できる状況にある。

一方、同じく安全資産の代表格である金相場は、9月24日の1オンス=1,305.50ドルをボトムに30日には1,353.30ドルまで50ドル幅の急伸劇を見せたものの、その後は急反落しており、足元では1,300ドルの節目さえ割り込む展開を強いられている。

連邦債務上限問題が9?10月にかけてマーケットのテーマになることは確実視されていたことで、金市場の強気派にとっては「連邦債務の上限引き上げを巡る議会の紛糾→リスクマーケットからの資金引き揚げ→安全資産としての金投資需要の拡大」フローを予測している向きも多かった。

しかし現実には、金価格はこの問題を背景に上昇することに失敗しているのみならず、逆に下値切り下げの動きを見せている。8月8日以来の安値を更新する一方、出来高・取組高はともに低迷しており、特に金市場に対する資金流入が加速していることは確認できない。

上場投資信託(ETF)市場に目を向けても、金ETFの投資残高はむしろ減少傾向を強めており、株式から金への資金シフトの動きを確認することは難しい。



■過去2年の教訓から学んだ金相場

もちろん、現在の投資環境が金価格にとってポジティブな面があることは間違いない。これから米政府機能の停止が長期化すれば、実体経済への影響は回避することが難しく、その先には当然に「量的緩和縮小の見送り・長期化」というシナリオが存在するためだ。実際に、この米債務上限問題は2010年、11年と二度にわたって投資環境における大きなリスク要因として浮上し、その度に金相場は買われている。このため、「二度あることは三度ある」とのロジックは、必ずしも間違ったものではない。

ただ、マーケットは将来の行方を先取りするものである。実際、現在は量的緩和政策に基づくマネー供給が拡大の一途を辿って過去最高を更新しているのにもかかわらず、今年前半の金市場は量的緩和の縮小・停止方向を先行して織り込む形で急落地合を形成したのは記憶に新しい。

こうした観点から考えると、金市場は政府機能の停止という大きなリスクイベントを、問題解決の動きが強まる第一歩と評価している可能性が高い。まだ今後の展開には不透明感が強いものの、過去のパターンを振り返ると、混乱がエスカレートして国民の議会・政治に対する批判・不満の声が高まると、何らかの形で妥協点を見出す動きが活発化している。今回も同様の道筋を辿るのかは不透明だが、「そろそろ終わりにしてくれ」という市場関係者の声が、本来であれば暫定予算の合意後に見られる金価格の下落を前倒しで実現させているのだろう。

すなわち、「二度あることは三度ある」ではなく、「過去の経験から債務問題で金価格が上昇した局面は売り場」との評価が優勢になっているのである。

■金価格にとって、原油安の影響は絶大

加えて、ここにきて原油価格が下値切り下げ傾向を強めていることで、商品市況全体に対して調整圧力が強くなっている影響も大きい。

7?8月の金価格急伸を受けて、マーケットでは現物需要の拡大で金価格はボトムを打ったとの楽観的な評価が目立った。しかし実際に金相場を押し上げた原動力は、現物需要の拡大というよりも、原油などのコモディティ市況の水準切り上げに伴う、購買力指標としての金価格上昇圧力に過ぎない。

エジプト、シリア、リビアと中東・北アフリカの地政学的リスクがドミノ倒し的に顕在化する中、8月のマーケットでは原油価格が1バレル=150ドルに達する可能性さえも指摘されていた。極めて単純化すれば、原油価格が1.5倍の価格を付けるのであれば、金価格もそれと同じ比率で上昇する可能性があるだけに、万が一のオイルショック型のインフレ圧力に対する警戒感が広がったことが、7?8月にかけての金価格上昇の真相である。少なくとも、「現物需要のサポートが…」といった議論よりも、原油高の方が金価格に及ぼしたインパクトは大きかったと考えている。

このロジックで言えば、原油価格が軟化し始めた9月以降に金価格が下落したのは当然の帰結であり、ドル建て金価格は原油高に伴う一時的な高騰局面を消化して、ダウントレンドを再開しているとの理解で良いだろう。

シカゴ連銀のエバンス総裁は9月27日、「当面の物価目標を達成せずに利上げした場合、私の知る全ての理論からすればインフレは低下する」と警告を発したが、これが金投資環境の現実である。ドルの購買力を回復する動きが着実に強まる中、金価格に対しては逆風が吹き易い相場環境が続くことになる。



■円建て金価格は、ダウントレンドも下げ渋る

問題は、円建て金価格の動向である。

米債務上限問題を背景とした米国債買いの動きが一服すれば、ドル/円相場は改めてドル高・円安トレンドに回帰する可能性が高いとみている。企業物価指数などをベースにした購買力平価からみても、1ドル=100円台は決して違和感のあるものではない。

8月の全国消費者物価指数(コアCPI)は前年比で3ヶ月連続の上昇となっており、エネルギー関連価格の上昇が全体を押し上げたことは否めないものの、円建て金価格に対してはポジティブな動きと言える。脱デフレの継続性については議論があるものの、現時点でのインフレ環境は円建て金価格に対してネガティブからポジティブにシフトしつつある。

仮にドル建て金価格が1オンス=1,250ドルまで下落しても、為替相場が1ドル=100円までの円安に振れれば、円建て金価格は1グラム=4,020円前後であり、現行価格からそれ程大きな値崩れは起こさない計算になる。ドル建て金価格1,200ドルでも、3,860円前後である。円建て金価格のトレンドも下向きとみているが、ドル建て金価格のような強力な売りプレッシャーに晒されることはないだろう。

脱デフレの動きが、円の購買力を喪失させる一方、円建て金の購買力を強化している。米ドル、ドル建て金価格とは違った金融政策・インフレ・通貨環境が、円建て金価格のパフォーマンスを下支えすることになる。



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プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

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