地政学的リスクでは原油価格が上がらない二つの理由
原油市況が軟化している。国際指標とされるNYMEX原油先物相場は、6月13日の1バレル=107.68ドルをピークに、8月下旬は92.50?95.00ドル水準まで値位置を切り下げている。ICEブレント原油先物相場も、6月23日の1バレル=114.44ドルをピークに101?103ドル水準まで値下がりし、直近高値から10ドルを超える下げ幅を記録している。
ウクライナやイラク情勢を取り巻く緊張状態は続いているが、こうした地政学的リスクを背景に更に相場を押し上げるような動きは見られない。逆に、国際原油需給が年末に向けて緩和するとの楽観シナリオが相場押し下げ要因となり、年初来安値を更新する展開が続いている。
■理由1:地政学的リスクのインパクトが変わった
伝統的な原油価格分析においては、地政学的リスクは原油価格にとって強力な押し上げ要因になるはずだった。原油供給は政情不安な中東や北アフリカといった新興国に強く依存するため、政治的な要因から原油供給が影響を受けることが少なくないためだ。
特に、2000年代に入ってからは国際的な原油需要拡大に対応するために、国際原油供給が新興国地区に対する依存度を高めた結果、地政学的リスクに対するマーケットの警戒感は高まる一方となった。国際原油供給に占める先進国のシェアをみてみると、1990年代中盤には30%台を確保していたのが、2010年過ぎには21%台まで低下しており、原油供給が「新興国頼み」の傾向を強めたことが明確に確認できる。
しかし、2012?13年に米国が「シェール革命」を達成したことで、原油市場における地政学的リスクの評価は一変した。米国のみで前年比で日量100万バレルを超える増産を達成できる環境となる中、国際原油需給における地政学的リスクのインパクトが大幅に軽減されているのだ。
例えば、米国の原油純輸入量は2010年時点で日量917万バレルとなっていたが、今年は694万バレルまでの減少が見込まれている。こうした動きによって生じた余剰原油は、需要拡大圧力が強いアジア市場などに流入することになり、米国のみならず国際原油需給バランスの安定化を促している。しかも、欧米石油メジャーはアラブの春に象徴されるリビアやナイジェリアなどの生産トラブルを嫌気して、近年は「先進国回帰」ともいえる動きを見せている。米国のシェール革命もその重要なパーツの一つであるが、他にカナダやオーストラリア、更には欧州地区などでも原油生産投資の拡大が確認されており、必ずしもコスト環境での優位性はないものの、安定した政治環境で油田開発ができる先進国のエネルギー資源が見直されている。
■理由2:地政学的リスクと原油供給トラブルの違い
また、「地政学的リスク」と「原油供給トラブル」との間に、大きな距離が認められている影響も軽視できない。今年は、ウクライナ(ロシア)、イラク、イスラエル(中東)など、原油供給にとって重要な地域で地政学的リスクが高まっていることは間違いない。ただ、実際にこれで原油供給が大きく落ち込んでいる訳ではないことが、原油価格を大きく押し上げることに失敗している要因になっている。
例えば、欧米諸国はロシアのエネルギー産業も経済制裁の対象としていることで、同国国営石油会社ロスネフチとエクソン・モービルが進める北極海の油田開発などには黄色信号が灯っている。直接的な制裁対象ではないものの、エクソンが米政府の意向に明らかに反した形でロシア系石油企業との協調体制を継続するのかは不透明感が強い。ただ、ロシア産原油供給そのものに何か大きな障害が発生している訳ではない。
イラク情勢に関しても、戦線の中心がイラク北部に移行していることで、同国の主要な原油生産・輸出拠点である南部地区の安定は保たれている。当然にキルクークなどの北部経由の原油輸出にリスクが高まっていることである程度の減産圧力は確認できるが、警戒されていた程に深刻な事態には至っていない。国際エネルギー機関(IEA)が8月月報において、国際紛争の発生にもかかわらず「十分に供給されている」との見方を示しているのがシンボリックである。
■それでも原油価格は高どまる
一方、今年は世界経済の牽引役が新興国から先進国にシフトしたことも、原油価格にとっては強力な上値圧迫要因になっている。これまで、国際原油市況は中国経済の二桁成長など、新興国の旺盛な原油需要にどのように対応していくのかが最大の関心事になっていた。
しかし、その新興国がハードランディングこそ回避しているものの従来の成長速度を維持できなくなる中、原油需要の拡大圧力にも強力なブレーキが掛かっている。2014年の世界原油需要は前年比で日量100万バレルの増加に留まる見通しであり、この程度であれば北米のシェール革命のみでほぼ対応することが可能である。
石油需要には季節要因に伴う大きなうねりがあるため、夏のドライブシーズン、冬の暖房用エネルギーシーズンなどには、当然に需給ひっ迫圧力が強まることになる。特に、下期は原油需要がピークを迎えることで、一般的には需給バランスは引き締め方向に傾き易くなる。
このため、年末に向けての原油価格の下落余地は限定的とみているが、新興国経済の力強い成長も想定しづらい以上、高止まりというが基本シナリオになる。上昇バイアスが強まるか、下落バイアスが強まるのかは、サウジアラビアを筆頭としたOPECの産油生産に依存することになるが、価格低下局面では生産調整が行われ易いことを考慮すると、WTI原油で90?105ドル、ブレント原油で98?108ドル程度の価格水準は維持することが可能だろう。
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