噴き上げる黄金の火柱、降り注ぐ金の火の粉―豊橋・手筒花火
キーワード手筒花火
400年にも渡り受け継がれる「手筒花火」の発祥の地とされる愛知県豊橋市。毎年7月には吉田神社の「豊橋祇園祭」、9月に豊橋球場で行われている「炎の祭典」、そして10月に羽田八幡宮で行われ日本一の手筒祭りとうたわれる「羽田祭」をはじめ、三河地方では年間4千人以上の花火衆が手筒花火を揚げています。
GOLDNEWSでは昨年9月に豊橋球場で行われた「炎の祭典」を観覧。こちらでは手筒花火25本が横一列に並び20メートルにものぼる黄金の火柱が見られる一大イベントです。
▼<取材レポ>第18回「炎の祭典」、黄金の火柱競演 手筒花火「炎の舞」
昨年この手筒花火を見てから完全に魅了され、今年は800本もの手筒花火と日本一の手筒祭りと言われている羽田八幡宮の「羽田祭」へ。
豊橋駅を降りると手筒花火を持った豊橋市のマスコット「トヨッキー」がお出迎え。
こちらが実際の手筒花火。1メートルほどの竹筒に火薬を詰めます。観光案内所では法被を着て、実際の手筒花火を持って(火薬は抜いてあります)記念撮影もできます。
手筒花火とは
東三河の伝統芸能の一つである手筒花火。その歴史は古く戦国時代の永禄元年(1558年)今川義元公の吉田城代、大原肥前守が吉田神社に奉納したことに始まると言われています。
直径12センチ前後の孟宗竹の節を抜いた筒に荒縄を巻き、その中に火薬を詰め、点火した筒を抱えて揚げる花火で、五穀豊穣、無病息災、家運隆盛を髪に念じ又若者の大人への門出、度胸試しとして奉納打ち揚げられます。
夏の夜空に号お運とともに打ち上がる火柱、オレンジ色の雨の様に降り注ぐ火の粉、その中で仁王立ちで放揚する勇姿、人と花火が一体となった手筒花火は豪快にして勇壮華麗な花火絵巻です。
街中にある消火栓も手筒花火アートです。
豊橋駅から徒歩5分位のところに羽田八幡宮はあります。「鬼祭」「祇園祭」と並んで豊橋三大まつりに数えられているこの祭りは、豊橋駅周辺の20カ町が氏子として参加し、大筒・乱玉花火を多数奉納、その数800本以上と東三河最大級の量を誇る祭りです。
こちらが境内の様子。打ち揚げ場所の周りには区切りが設けられ、カメラマンも多数です。
奉納花火は16時ごろから開始され21時頃まで地区ごとに大筒・手筒を交えながら揚げられていきます。
こちらは出番を待つ大筒を夕陽をバックに。
ここからは迫力の手筒花火を写真を中心に構成していきます。
いかがですか?写真だけでもこの凄さ。
手筒花火の魅力は「生で見てこそ」。噴き上げる黄金の火柱、降り注ぐ金の火の粉、ハネの爆音、男たちの勇姿。ぜひ、一度「手筒花火」の発祥の地・豊橋まで足を運んでみてください。その迫力に圧倒されます。
▼豊橋市:祭り・伝統芸能「羽田祭」「炎の祭典」
▼豊橋商工会議所:手筒花火の製造過程と放揚まで
最後に出店など幾つかで〆。
- 撮影者:GOLDNEWS
- 場所:愛知県豊橋市・羽田八幡宮