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金相場急落から考える「商品の時代」の行方

 ドル建て金価格のパニック的な急落地合は、漸く落ち着きを取り戻す兆候を見せている。COMEX金先物相場の場合だと、4月11日終値が1オンス(約31.1035グラム)=1,564.90ドルだったのに対して、4月16日安値は1,321.50ドルに達したが、19日終値は1,395.60ドルまで切り返しており、少なくとも自立反発局面を迎えている。



 4月16日付けの「金価格が急落している理由」で指摘した、米金融緩和政策の修正リスクを筆頭としたネガティブな相場環境には変化が見られないものの、主にアジア系現物筋のバーゲン・ハンティング(値ごろ買い)が膨らんでいることが、需給要因から金相場の下値不安を後退させている。

これが「欧米投機売り」と「アジア現物買い」のパワーバランスを均衡させることが可能なのかは議論のある所であり、実際に今週の不安定な動きはマーケットが判断に迷っていることを強く示唆している。

しかし、少なくともインドや中国などの新興国市場で現物売買高が上向いているのは事実である。米造幣局の公式金貨販売高も4月19日時点で前月の6万2,000オンスの2倍以上となる16万7,500オンスを売り上げており、既に2010年5月以来で最高の売上高を記録している。米系ヘッジファンドなどの投機筋が金上場投資信託(ETF)や金先物を売り込む一方で、米国民が金貨を買い進むという過去に類似例の少ない動きが、金価格の「下げ過ぎ」に対する警戒感を高めている。



■金価格急落は「商品の時代」終了を意味する?

 金価格急落の原因としては、上述のように米金融緩和政策の転換リスクを指摘するのが一般的である。米失業率は3月時点で7.6%と依然として極めて高い水準にあるものの、「緩やか」(米地区連銀経済報告)な景気拡大を背景に年末には7%台前半まで低下するとの見通しが強いことで、毎月850億ドル(約8兆5,000億円)ペースで行われている資産購入量の規模縮小や購入そのものの停止が議論される状況になっている。

もっとも、米10年債利回りが200日移動平均線である1.75%を6営業日連続で下回っていることに象徴されるが、金市場以外のマーケットは特に金融緩和政策の修正リスクを積極的に織り込んでいる訳ではない。米株式相場はここにきて調整色を強めているが、これは米企業決算に対する期待ハードルが高まっていた反動であり、流動性資金の縮小といったシナリオはメインリスクとしては想定されていない。

もちろん、金市場が今後の金融政策修正・転換リスクを先取りしているとの解釈も可能であり、それが一般的な理解だろう。ただ、金融政策とは少し離れた視点から考えると、金価格の急落が警告している別のシナリオの存在にも注意が必要と考えている。それが、「商品の時代(Hot Commodities)」の時代が終わる可能性である。

■金価格の高値が必要でなくなった可能性

 日本銀行の異次元金融緩和策がインフレリスクの暴走を招くとの批判があるように、ドル紙幣の増刷政策は将来のインフレを招くとの警戒感が、ドル建て金相場を11年9月に過去最高値(1,923.70ドル)まで押し上げた原動力の一つであったことは間違いない。

しかし、実際の米消費者物価指数(CPI)をみてみると、直近3月で前年同月比+1.5%に留まっており、総じて安定したインフレ環境が維持されている。まだ、金融緩和効果が十分に顕在化していない可能性もあるが、「異例な金融緩和→インフレ(ドル下落・商品上昇)→購買力指標としての金価格上昇」のフローが正当性を失ったとの議論が浮上し易い環境になっている。

より分かり易いコモディティ価格の指標であるCRB商品指数をみてみると、昨年9月14日には321.36ポイントまで上昇していたのが、11月から今年3月にかけては290?300ポイントまでコアレンジを引き下げ、4月19日には283.19ポイントと、昨年7月初め以来の安値圏まで下落している。すなわち、量的緩和第3弾(QE3)の導入後のコモディティ価格は、ほぼ一貫してダウントレンドを形成しているのである。実はこれこそが、ドル紙幣の増刷政策が加速しているにもかかわらず、昨年9月以降の金価格がダウントレンドを形成している要因の一つと考えている。



金が「通貨」か「コモディティ」であるかは議論のある所だが、伝統的に金価格は購買力を維持するための無国籍・安全通貨としての役割を果たしてきている。こうした中、商品市況の上昇時代が幕引きを迎えるのであれば、金価格は従来よりも安値圏で購買力を維持することが可能になる。金価格が値下がりしているというよりも、「商品の時代」に対応するための高値が必要なくなったとの視点が重要である。



 仮に、このまま原油価格を筆頭とした「商品の時代」が幕引きを迎えているのであれば、購買力指標としての金価格に対しては強力な逆風になる可能性が高い。そしてここに来ての金価格のパニック的な急落は、大規模金融緩和政策と新興国経済の拡大を背景としたインフレシナリオに、金市場が見切りを付け始めたことを意味する可能性がある。実際、1980年代のボルカー米連邦準備制度理事会(FRB)議長の時代、金市場はその後に訪れるディスインフレを予告する形で急落している。

その意味では、中国の習近平国家主席が4月8日のアジアフォーラム講演で、これまでの「超高度経済成長」は恐らく終わっているとの見方を示したことが、コモディティ市場のみならず金市場に及ぼしたインパクトは軽視できない。米金融緩和政策の転換期を巡る議論の陰に隠れた形になっているが、金価格の急落は、コモディティ需給の逼迫構造が転換期を迎えているシグナルと受け止める必要があるのかもしれない。



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プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

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