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産金コストを巡る議論の考え方

金価格の軟調地合が続く中、生産コストの制約で金価格は間も無く下げ止まるという議論がある。貴金属調査GFMSの最新調査によると、2012年の産金コストは世界平均で1オンス当り1,211ドルとなっており、6月28日に付けた年間最安値(1,179.40ドル)は、既に生産コストを割り込んでいるというのがその根拠である。各種調査によって若干の違いはあるものの、今年の生産コストも1,200ドル台中盤付近を想定している向きが多く、この価格水準に近づくと、「下げ過ぎ」との議論が高まり易いことは間違いない。

ただ、11月13日にワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の四半期報告によると、鉱山からの新産金は12年第4四半期の745.1トンに対して、今年は第1四半期681.3トン、第2四半期734.5トン、第3四半期772.3トンとなっており、少なくとも現時点では供給環境に目立った混乱は確認できない。第1?3四半期の通期でみても、前年同期の2,119.1トンに対して2,188.1トンに達しており、昨年に続いて過去最大の産金量が実現する可能性が高い情勢になっている。

常識的には、生産コストを割り込めば直ちに減産圧力が強まるという理解になるのだろう。ただ現実には、高深度で掘削作業が行われている鉱山の閉鎖には多くのコストが必要であり、しかも将来的に操業を再開しようとする時にも、地下に溜まった水を抜いたり鉱区内の温度を引き下げるために、通常の操業を行っているよりも多くのコストが要求されることになる。労働者の処遇や地元政府とのライセンス契約なども障害になるため、簡単には操業体制を見直すことはできない。このため、「コスト割れ=減産」という等式は必ずしも成立せず、生産コストの制約が金価格を心理面ではなく需給面からサポートし始めるには、一定の時間が要求されることになる。

その時間は今後の金価格動向によって依存することになり、例えば金価格が現在の値位置に留まるのであれば産金量に大きな変化は生じない一方、仮に今年前半に見られたような急落地合が形成されると、一気に減産圧力が強まる可能性もある。逆に、金価格が反発すれば増産といった選択肢も浮上することになり、「生産コストで金価格が下げ止まるには、金価格の急落が必要」という一見すると矛盾した命題が求められることになる。

GFMSの予測について詳細なデータは紹介できないが、14年の平均価格が前年比で100ドル程度下落した場合でも、14年中に減産圧力が強まる事態は想定されていない。概ね同ペースでの下落が続いた場合でも、減産圧力が需給バランスに影響を及ぼす可能性がある規模に達するのは15?16年との見通しになっている。一方、金価格が年間200ドル近いペースで下落した場合には、14年に早くも100トン規模の減産圧力が働くことになり、一定の需給引き締め効果が期待できることになる。



いずれにしても、現在の価格水準では供給サイドからの需給引き締め効果を期待するのは時期尚早であり、「生産コスト割れ」を巡る議論に過大な配慮は不要である。この問題については、中長期的には間違いなく金価格のサポート要因になるが、短期スパンでは実際の需給引き締め効果よりも、「これ以上は下がらない」という心理的な影響の方が大きいと考えている。

ちなみにプラチナの場合だと、生産コスト付近までプラチナ相場が低迷した結果、鉱山会社が労使交渉で簡単には譲歩ができなくなったことが、昨年に大規模な労働争議によって大幅減産を強いられた一因とみている。



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マーケットエッジ

プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

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