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有事に金が買われる理由~地政学リスクの視点~

9月25日のCOMEX金先物相場は、前日比14.00ドル(1.1%)高の1,311.50ドルと急伸した。アジア・欧州タイムはポジション調整中心の小動きに終始していたが、ニューヨークタイム入りと前後して朝鮮半島情勢に対する警戒感が急激に高まったことが背景にある。

トランプ米大統領が北朝鮮について「長くはないだろう」と発言したことに対して、北朝鮮の李容浩外相が「彼(=トランプ大統領)は宣戦布告した」として、米戦略爆撃機の撃墜を含めた「自衛的な対応を取る」権利を主張したことが直接的なきっかけである。

北朝鮮はミサイル発射、核実験を行っていることに加えて、サイバー攻撃の可能性も示唆しているが、更に緊張を高める米軍機撃墜とのオプションを提示したことが、マーケットに緊張感をもたらした。

地政学リスクの高まりは投資環境に大きな不確実性をもたらすため、一般的に投機資金は「リスク資産」から「安全資産」へのシフトを促されることになる。代表的なのが株式から債券への資金シフトになるが、それ以外にもドルから円への資金シフトなど、地政学リスクが高まる局面では一定の法則が見受けられ、その代表的な類型の一つに「有事の金買い」というものがある。すなわち、投資リスクの高まりに備えて、金(Gold)を購入するものである。

かつて、東西冷戦時にも金は買われるなど、国際政治情勢が緊迫化した際には、投資家は金保有量を増やす傾向にある。しかし、なぜ金が「安全資産」と言われるのかは、一般的にはあまり知られていない。金が「セーフ・ヘブン(安全な退避場所)」とされるのは、なぜだろうか。

■核戦争が起きた時の法定通貨はどうなる?

地政学リスクに対する安全性に議論を限定すると、政府や中央銀行に対する信認問題が浮上するリスクへの備えとの理解が基本になる。

平時には政府や中央銀行の発行した法定通貨は、その国の信用に基づいて流通することになり、それで全く問題は浮上しない。実際に現在、何か財サービスを購入する際に円で支払っても、国内で拒否されることはない。

ただ、仮にその信用がなくなれば、法定通貨はその効力を失うことになる。例えば、日本で発行されている紙幣は「日本銀行券」とされており、日本銀行法では「法貨として無制限に通用する」として、強制通用力が付与されている。

しかし、仮に戦争などで日本政府、そして日本銀行の信認が失われれば、こうした強制通用力は事実上失われてしまうことになる。特に警戒されるのは局地的な軍事衝突に留まらない核戦争であり、従来はあまり大きな関心が払われていなかった北朝鮮情勢が突然にマーケットに大きな混乱を引き起こし始めた背景には、極論すると核戦争の脅威という大きなテーマが存在する。

「金が買われる」ということは、その反対側では「法定通貨が売られる」という現象があり、政府や中央銀行の信認が失われる事態に備えて「法定通貨から金への両替」が行われると考えると分かり易い。

金は鉱物資源とあって発行体が存在しないため(※鉱山会社は発行体ではない)、配当や利息といった収益を生み出すことはない。これが平時では金を保有するデメリットになるが、有事になるとその発行体が存在しないことが、法定通貨には存在しない安全性をもたらすのである。金が通貨と言えるのかは議論があるものの、マーケットでは安全通貨、代替通貨といった評価がされている。

■テールリスク発生に備えた分散投資

他にも、マーケットがパニック状態に陥った際でも買い手が存在する流動性の高さ、株式や債券価格などとの相関性の低さに基づく分散投資先としての有効性など、幾つかの理由が存在する。特に最近の傾向としては、朝鮮半島有事をメインシナリオとはしなくても、万が一に備えて金を購入する投資行動が観測される傾向が強くなっている。これなどは、実現確率は低いものの朝鮮半島有事で資産価格が暴落する事態に備えて、そのショックを少しでも限定するために分散投資が機能する金を購入する動きである。いわゆるテールリスクへの対応としての金投資需要になる。

平時の金は、金融政策や為替レート、更には金利、インフレ動向といった主に経済要因に支配されて価格形成を行う傾向が強いが、地政学リスクの高まった局面で「有事の金買い」が発生するのは、より本質的な法定通貨への危機感を背景としたものと言える。

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プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

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