ゴールドコラム & 特集

金地金の密輸が急増

このところテレビのニュースに突然出てくるようになりました。金地金の密輸報道。やはり増えていたのかという感想です。僕はいろんなセミナーでゴールドに税金をかけるのはまさにこの「密輸」という犯罪を促進するだけだからやめた方がいいと訴えているのですが。

「財務省によると昨年4月に消費税が5%から8%に上がったことにより、今年6月までの一年間で金の密輸が前年の20倍の件数になり、その脱税額も約2億4千万円と前年の8倍となった。ゴールド密輸の発覚事件は過去10年間では平成21事務年度(21年7月から22年6月)の25件が最高で、ほとんど1桁台で推移していたのが、26事務年度は爆発的に増えて、177件を記録。脱税額も2億3679万円と件数、額ともに過去最高となった。」(産経ニュース)

よく言われるようにゴールドは一物一価。世界中、もし同じ時間であれば、その価値はロンドンであろうが、ニューヨークであろうが東京であろうがほぼ等しいはずです。(ロケーションによるプレミアムは除外して考えます。場所のコストはなく、単にゴールドであるということで考えると)1オンスのゴールドはどこであっても1オンスのゴールドであり、その価格がもし違うのであれば、当然安いところから高いところへゴールドは移動し、(安いところで買って高いところで売る)その結果価格は平準化されるはずであるからです。

非常に単純化して言うと基本的に資本主義自由経済のもとでは、ほぼノーリスクでの儲けというのは金利以上のものは存在しません。金利以上に利益が、リスク無しで手に入るのであれば、皆がこぞってそうするからです。しかし、このゴールドの一物一価の法則を崩してしまうのが各国の「税制」なのです。

たとえば今回の日本のケースでは、それは消費税。現在日本の消費税は8%であり、2017年4月からは10%に上がることになります。この税金、我々が消費するものを買うときに必ず払う必要があることは常識ですが、実はその商品を売るとその分(現在では8%)支払われることは余り理解されていません。つまり物を売ったら消費税を受け取るのです。本来ならばその消費税は国に納める必要がありますが、個人はそれを免除されています。ですからたとえば香港と日本を較べると、物品税のない香港よりも日本の方が売値も買値も8%高くて不思議ではありません。つまり昨今話題のゴールドの密輸とは、香港で買った無税のゴールドのバーを申告せずにそのまま国内に持ち入り、日本の地金商で売れば、もし相場が変わらず、売買のスプレッドをとりあえず考えなければ理論的には8%儲かるということになります。本来20万円の価値を超えるものは、税関で申告して消費税を払う義務があるのです。

1?バー一本で450万円の価値だとすれば消費税に当たる部分は36万円。5本持ち込めば180万円の儲けということになります。実際この儲けを狙って個人による密輸が急増しているのです。大量のポケットのあるフィシングベストに忍ばせたり、ノートパソコンの中に隠したり、シリコン製のパッドで妊婦の腹部を装ってその中にゴールドを入れたり、また肛門の中!にバーを詰めたりまでして持って入る例があるとのことです。また過去初めて5%の消費税が導入されたとき、ある個人が50回以上も福岡空港からゴールドを密輸し、大手の精錬会社の福岡支店で売って税金分を儲けていたというニュースもあり、当時は業界で結構な話題になりました。こうやって税金により内外に価格の格差ができるとどうしても密輸が起こってしまいます。それが僕がゴールドに税金をかけるのはよくないという理由です。個人の密輸による脱税だけならまだしも、これが暴力団のような犯罪組織やテロリストの資金源になる可能性もあります。ゴールドは通貨と同じ。それに税金をかけるのはやはり歪んでいる政策になってしまうと思うのです。そもそもゴールドはその大きさの割りに価値が大きく、少々手荒に扱ってもその品質にはまったく問題がありません。(化学的に安定している)持ち運びやすく(少々重たいですが、)1kgで500万円近くの価値があり、世界中で売買することが容易で、(場所によっては無記名で)片手で簡単に運べるものは他にはおそらく存在しないでしょう。そしてこのゴールドの特徴はまさに「密輸」に打って付けなのです。

2014年インドが、その経常収支の赤字の犯人として、ゴールドの輸入を制限する政策と取りました。関税を10%に上げ、80:20輸入ルール(100輸入するとそのうち80については付加価値をつけて輸出しないと次の輸入は認めない)により、実質的な正規のゴールドの輸入は不可能になりました。その時インド国内のゴールドのプレミアムは海外よりも25ドル近くついたこともあり、そうなると当然ながら、ネパールやドバイなどから大量のゴールドが密輸されました。政府もその愚に気づき、今年はその政策は取りやめられました。

現在急増している日本のゴールド密輸は、おそらく税関取締りと犯罪者のいたちごっこになるでしょう。現状では罰則はいくばくかの罰金と払うべき消費税を払うことだけなので、リスクリワードを考えるとおそらく犯罪者の中にはこれは「許容できるリスク」ということになるのではないでしょうか。消費税が10%に上がれば、彼らのインセンティブはさらに上昇することになります。税金をかけなければこういう問題は一切なくなるんですけどね。


岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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