ゴールドコラム & 特集

ロンドン市場の地盤沈下?

昨今、貴金属マーケットの中心地とも言えるロンドン市場の相対的地位の低下を感じます。その端的な出来事がフィキシングを巡る騒動です。この騒動はドイツ銀行がゴールドそしてシルバーフィキシングのメンバーを辞めるということから始まったような気がしますが、その根底にはもっと深い事情があると思います。もし本当に一社が辞めるだけであれば、おそらくすぐにその代わりになる銀行が名乗りを上げて、過去にもあったようにフィキシングメンバーの入れ替えだけでおそらくことは終わっていたはずです。しかし今回はそうならず、(まだ途中ですが)フィキシング自体の仕組みを根本から変更してしまう動きになっています。この背景には金融市場全体を巡る環境の問題が大きな影響を与えています。これまではあくまでOTC(Over the counter:相対取引)の市場として、世界中でのゴールド(およびシルバー、そして近年ではPGMも)取引の中心的存在であったロコ・ロンドン取引が、今は徐々に衰退の道を歩み、相当のビジネスの流れが取引所取引、つまりCMEの先物に流れつつあると感じられるのです。

フィキシングに対して疑義の俎上に上がるきっかけになったのは、フィキシングそのもので何か問題があったからではありません。(少なくとも最初は)このきっかけなったのはLIBORにおける不正問題でした。LIBORとはLondon Interbank Offered Rateの略で、ロンドン市場で毎日決める金利の指標となっているものです。これは毎日決まった時間にロンドンに拠点を置く銀行が、米ドル、英ポンド、日本円、ユーロ、スイスフランの5通貨の金利を、1日から12ヶ月までの7期間について発表し、その両極端の最も高いレート、最も低いレートを除いて平均したものです。このレートが意図的に「実勢よりも低くなるように」数行の銀行の談合により操作されていたことが発覚し、これがLIBOR事件として規制当局により、当該銀行数行が巨額な罰金の支払を命じられたものです。LIBORの場合は各銀行の出し値であり、極端にいえば、いかようにもコントロールできるのです。しかしフィキシングはそうではありません。LIBORとGold Fixingは根本的に仕組みが違うのです。Gold Fixingは世界中のゴールドマーケットのユーザーからFixingでの売り買いの注文を集めて、その売りと買い注文が最も多くなるところを探して板寄せ、つまり競りを行い、売買の数量が最も合うところで価格を決めて(Fix)、入っている売買注文すべてをその価格での取引を成立させるものです。つまり価格を決めるのは実際の注文であり、そこにLiborのように限られた数の銀行の意図が入る余地はありません。そのときのマーケットの需給により価格が決まる極めて公正な取引であると、フィキシングのユーザーはきっとみんなわかっているはずです。フィキシングに対して疑義を持ったのは、おそらくはアウトサイダー、LIBORと同じであろうくらいの知識からの人たちではないでしょうか。

僕を含めて業界の人間はみんな「LIBORとGold Fixingは根本的な仕組みが全く違う。同じ次元で疑いの目を向けるのは馬鹿げている。」という趣旨の発言を繰り返してきました。しかし、こういった意見はもはや二次的な問題になってしまったのが現在の状況です。米国のDodd-Frank、欧州のEMIRといった金融機関に対する規制が厳しくなり、金融機関では何よりもまずコンプライアンスが重要になっています。その結果少しでも疑義が入るようなことはとにかく避けるという風潮が出てきています。フィキシングの場合はたとえそれが公正な競り取引であっても、まずFixという言葉の持つイメージ、そして少数の決まったメンバーで「値決め」が行われるという事実(たとえそれが世界中のマーケット参加者の注文を背景にしているとは言え)が今の風潮からは大きな「コンプライアンス・リスク」として捉えられます。ドイツ銀行がゴールドのフィキシングとシルバーのフィキシングメンバーから撤退したのは、平たく言えば、コンプライアンスリスクは大きくなる一方であるのに対して、フィキシングメンバーであることから得られる実質的な利益はおそらくほとんどない。(おそらくはFixing memberであるという名誉のみ)とすれば彼らがメンバーを辞めるという決断を下すのは大変よく理解できます。ゴールドの場合は5社から1社減って4社でフィキシングを続けましたが、シルバーの場合はそもそも3社しかいないところから1社減ってしまうことになり、2社で値決めをするということに残った2社はもはやリスクを考えるとやめるほうがいいという結論に達したようで、今年8月14日を最後にシルバーフィキシングは終了という発表がその三ヶ月前5月15日にありました。これは業界にとっては大変大きなショックとして伝わり、8月15日以降をどうするのかという議論が、LBMAがフィキシングのユーザーの意見を聞く形でアンケートを行いました。Fixingに変わる新しい指標価格の取引方法を巡って、そのシステムの提案を広く受け入れる形で検討した結果、先物取引所であるCME と情報ベンダーであるThomson Reutersが提案したシステムの採用が決まりました。「取引が可能であること」「透明でそして何よりも公明正大な取引が保証されること」などいろいろな条件を満たすものです。この原稿を書いている現在はまだ試験運用も始まっていないのでなんともいえませんが、フィキシングからシームレスでつながることを祈っています。

フィキシングの話はまた別途今後の流れも踏まえて書きたいと思います。シルバーをきっかけにして今度はゴールドもまたシステムへの移行の話が出ています。ここで言いたいのは、もはやOTC ? つまり相対取引が時代にそぐわなくなってきたのではないかということです。ゴールドOTC取引の総本山とも言っていいロコ・ロンドン取引が、その重要性を「取引所取引」つまりは先物取引に明け渡しつつあると思われるのです。フィキシングの移行はまさにそれを具体的に表しているような動きです。取引所での取引であれば、完全に記録に残り、公正な取引としての担保となるという発想から、特に金融機関はその取引の場を取引所に求めようとしています。ゴールドでは、マーケットの中心がスポット・ロコ・ロンドン・マーケットから、Globex上のComexに移っているということです。プロのトレーダーの大部分が、もはやゴールド(その他貴金属)の取引をComex/Nymexで行っています。例えばアジア時間帯でも以前であれば、ロコ・ロンドンのマーケットメーカーが価格を2 wayで提示し、お互いに価格を聞きあって取引していたのが、現在はもうほとんどこういったダイレクトなロコ・ロンドン取引はなくなってしまいました。マーケットメーカーもみんなComexで取引をしているのです。一対一の取引よりもマーケットのほとんどの意思が集中する取引所にビジネスが集中すればするほど、よりいっそうその度合いが進むという循環が進んでいます。そのうちOTCマーケットの総元締めとも言えるロンドンのLBMAの役割も相対的に低下してくるのではないでしょうか。将来的にはプロのマーケット、つまりprice findingに使うマーケットは取引所に集中されて、OTCはあくまで顧客との取引だけになり、現物関係のルールのみをLBMAが担当するということにもなりかねない気がします。大きな歴史の転換点に我々は立っているのかもしれません。ニューヨークのみならず上海やシンガポールのイニシアチブもあり、ロンドンはこれからどうなっていくのか気になるところです。

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岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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