ゴールドコラム & 特集

インドの金需要

■東アジアの西アジアの間の見えない境界線

インドは中国と並ぶ世界最大の金輸入国です。しかし、我々のような業界の人間にとってもインドというのは実は遠い世界なのです。ゴールドの現物取引において、西アジアと東アジアの間に目に見えない境界線が存在します。インドと東南アジアの国々の間には簡単には超えられない壁があるのです。東南アジアから東、中国、朝鮮半島、日本のいわゆる東アジアでは、取引されるゴールド現物は圧倒的に99.99%のものです。いわゆるフォーナインと呼ばれるものです。形態は1kgバーがもっとも好まれます。しかし、いったんインド・パキスタン方面の西アジアに足を踏み入れると、ゴールドの純度は99.5%に下がり、これはドバイを中心とした中東やトルコにいたるまで現物ゴールドといえば主に99.5%の世界になるのです。

ですから、たとえば日本が投資家の売りにより、ゴールドの輸出国となっても、そのゴールドは東南アジアや中国に輸出されることはあっても、もう一つの金輸入大国であるインドに直接輸出することはまずありません。彼らは当然のことながら99.5%よりも割高な99.99%ゴールドを買う理由はないからです。インドにゴールドを持っていく場合は、南アやスイスの精錬所で99.5%のゴールドバーを作ってから持っていくのが普通なのです。ですから、日本および東アジアの人々にとってはインドは少し遠い世界なのです。そんな遠い世界ながらもずっと世界一のゴールドを買う国だったインド(今年はおそらく中国にその座を譲りそうですが)について少し書きたいと思います。

■結婚、出産そしてモンスーン




インドでのゴールドの輸入の60%以上が宝飾需要だと言われています。そしてその宝飾需要を決めるもっとも大事な要素として挙げられているのが、結婚の数、新生児出産の数、そしてモンスーンです。インドでは結婚や出生の時にゴールドをプレゼントするのが慣わしになっており、結婚や出生の数が直接ゴールドの需要に結びついてきます。そのため最終的なゴールドの持ち主は圧倒的に女性です。これは男性(夫)から女性(妻)への社会保障(保険)のようになっており、女性はそのゴールドを全身に身に着けています。結婚や出産後も毎年決まってゴールドをプレゼントする男性も多いようです。

 今年2013年1月21日に金輸入税が4%から6%へ50%も上げられました。しかし、結婚式がある以上ゴールドの需要はあり、相場の上げ下げにかかわらずこの需要は存在しているわけです。赤ちゃんの出生も同様です。ですから、この税金の上げは、その後大きくゴールド価格自体が大きく下がったこともあり、さほど大きな影響は及ぼしていないとインドの業界関係者はみています。ただ今回の税金上げの要因の一つはインドの貿易赤字の増加を防ぐためであり、実際政府はゴールド・コンサイメントの受け入れを制限しており、政策面からの影響は小さくないようです。

 モンスーンとは本来はアラビア海での季節風のことですが、インドや東南アジアではモンスーンは「雨季」を示しています。つまり雨季の雨の降り方によって、農作物の出来が決まり、それによって農民の収入も左右され、豊作になればそれだけ農民の収入が増え、ゴールドの需要も増えるというのです。そして女性には政府の正式な社会保障がない分、経済的保障として、離婚や夫との死別に対する備えとしてゴールドが活用されているのです。これは母から娘へと受け継がれるものとなっています。

結婚式はヒンズー教において吉兆とされる日に限られています。インドでは旧暦が用いられているので、我々の暦に対応させることはできず、その年によって吉兆とされる日の数が違ってきます。たとえば2012年は117日だけしかなかったのに比べ2013年は148日もあり、2012年よりも23%も結婚できる日が増えているのです。つまりこの分結婚の数自体が増えると考えられます。

■2013年のインドのゴールド需要動向

 インドは2002年から2012年の10年間に6300トンものゴールドを買ったと輸出入統計から推測されます。このうちおそらく1/4くらいが投資需要、そして残りがほとんど宝飾需要だと考えられます。上に書いたようにカレンダー的に2013年は宝飾需要は伸びる可能性が高いと思われます。2013年の結婚式シーズンには1000万カップルの結婚が予想されています。一つの結婚式の大して2000ドルから200万ドルまで費やされ、ゴールドは20グラムから2kgくらいまでがそのために買われるということです。モンスーンも悪くなかったよう

 唯一ネックになるのはインドの貿易収支の問題でしょう。政府が今後ゴールド輸入に対する制限を厳しくすればするほど、今度は密輸への道を開いてしまうことになるのではないでしょうか。インドとゴールドの関係は4000年前にさかのぼると言われているほど文化的に深く根付いたものです。政策で制限してもおそらく違う道に向かうと考えられます。

 インド人の現在の平均年齢は29歳。とても若い国です。30歳から59歳という働き盛りの人口も大きく、現在の名目GDPは3兆ドルですが、2025年には10兆ドル以上になると見られ、これから10年以上のスパンで考えると、彼らの富が増えればそれに応じてゴールドの需要もより増えることが予想されます。

以上

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岡藤商事株式会社

プロフィール

池水 雄一

Yuichi Ikemizu

スタンダードバンク東京支店長

1990年クレディ・スイス銀行、1992年三井物産貴金属リーダー、2009年より世界一の金取引量を誇るスタンダードバンクの東京支店長に就任し、現在に至る。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界の貴金属ディーラーでBruce(池水氏のディーラー名)を知らない人はいないと言われている。著書に「THE GOLD ゴールドのすべて」など。

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