ゴールドコラム & 特集

金を持ちたいインド国民、金輸入を制限したいインド中銀

ユーロ圏が未だに財政危機の封じ込めに苦しむ中、各国の景気対策は必然的に財政政策よりも金融政策に依存する環境になっている。

中央銀行は金融緩和で巨額の資金を生み出すことで景気刺激を強いられており、5月1日の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明では、資産購入ペースの「減速」のみならず「加速」というカードもテーブル上にあることを明記して、市場に広がる「出口」見通しをけん制した。5月2日には欧州中央銀行(ECB)が利下げに踏み切っており、7日にはオーストラリア準備銀行(中央銀行)でさえも政策金利を0.25%引き下げ、過去最低の2.75%に設定している。

ユーロ圏が未だに財政危機の封じ込めに苦しむ中、各国の景気対策は必然的に財政政策よりも金融政策に依存する環境になっている。

中央銀行は金融緩和で巨額の資金を生み出すことで景気刺激を強いられており、5月1日の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明では、資産購入ペースの「減速」のみならず「加速」というカードもテーブル上にあることを明記して、市場に広がる「出口」見通しをけん制した。5月2日には欧州中央銀行(ECB)が利下げに踏み切っており、7日にはオーストラリア準備銀行(中央銀行)でさえも政策金利を0.25%引き下げ、過去最低の2.75%に設定している。

こうした中、政府発行通貨に対する信認が低下するのは必然的であり、4月の金価格は急落したものの、究極のハードカレンシー(国際決済通貨)である金(Gold)に対する需要には根強いものがある。4月は米イーグル金貨の販売高が2009年12月以来で最高を記録しており、従来の「欧米投機売り VS. アジア現物買い」という二元対立論では説明しづらい相場環境になっている。今回の急落局面では、従来みられなかった「欧米投機売り VS. 欧米現物買い」という新たな対立構造もみられ、その意味では金価格の1オンス(約31.1035グラム)=1,300ドル台という価格水準は、1,400ドルや1,500ドル台とは違った意味のある価格水準であることが確認されたと言えよう。

一方、こうした金志向の高まりに危機感を高めている国がある。それが、世界最大の金消費国であるインドだ。

■インド中銀が新たな金輸入規制策を公表する

 インド準備銀行(中央銀行)は5月3日に「2013-2014年金融政策に関する報告(Monetary Policy Statement for 2013-2014)」を公表しているが、そこで銀行の金輸入量に新たな制限を掛ける方針を明らかにしている。詳細なガイドラインは5月末までに発表するとしているが、輸入許可基準となる現物業者からの「委託」をより厳格に規定することで、銀行部門が金の過剰在庫を抱えることを阻止する方向と見られる。

突然に降って沸いたような規制議論であるが、今回の規制案は「金輸入と金ローンを研究するワーキング・グループ」が今年1月に発表した報告書に基づくものである。同報告書では、これ以外にも輸入関税の引き上げ、輸入した金に対して一定比率の輸出義務付け、金関連のペーパー・ゴールド開発、2万トンとも推計される退蔵金のマネタイズのためのゴールドバンク設立、ゴールド・ローン規制なども提案しており、最終的にはより広範囲にわたる規制が導入される可能性も想定しておく必要がある。

インドはこれまで、主に輸入関税の引き上げで金輸入量の削減に取り組んでおり、昨年に輸入関税を2%から4%まで引き上げたのに続き、今年1月には更に6%までの税率引き上げを行っている。その効果もあって、昨年の金輸入量は11年の969トンから860トンまで100トン以上の削減に成功しているが、更にこの動きを加速する必要があると判断していることが確認できる。

その意味では、今回のインド中銀による新たな金輸入規制の動きは、従来の関税による需要調整から一歩踏み込んで、より本格的な金輸入規制に踏み込む新たなステージ入りしたことを象徴する動きと評価することができよう。仮に、5月末の金輸入規制の詳細が余り厳格なものにならなくても、それは「始まりに過ぎない」との視点が必要である。インド中央銀行・政府の金需要抑制策は、まだ始まったばかりである。

■インドが金輸入を制限する理由

では、そもそもなぜインド中央銀行・政府はここにきて金輸入抑制策を本格展開し始めているのだろうか。中国政府などは、公的・民間部門の金保有量拡大に積極的だが、インドの金輸入にはどのような問題があるのだろうか。

最大の理由と言われているのは、インドの金輸入が経常赤字の急増要因になっていることだ。

前出のワーキング・グループの出した報告書によると、インドの経常赤字は2007/08年度の157億ドルに対して、08/09年度279億ドル、10/11年度460億ドル、11/12年度782億ドルと急激に拡大している。

このように経常赤字の数値だけを並べても分かりづらいかもしれないが、これとインドの金輸入金額を比較すると、同国の金輸入がいかに深刻な問題なのかが容易に理解できる。

インドの金輸入金額は、07/08年度は137億ドルだったのが、08/09年度279億ドル、09/10年度382億ドル、10/11年度460億ドル、11/12年度492億ドルとなっている。すなわち、11/12年度は経常赤字の実に63%が金輸入によるものであり、金輸入量の抑制は経常赤字削減に直結する構図になっているのだ。要するに、金輸入の抑制そのものが目的ではなく、経常赤字の拡大を阻止するために、金輸入の制限が必要不可欠な情勢になっているとみている。



インド政府や中央銀行の本音としては、金輸入を完全に禁止したい所だろう。ただ、インド社会では「資産としての金」が幅広く普及しているため、金宝飾品や金貨などの販売に強引な規制を導入するのが難しいという特殊事情がある。そこで、主に輸入量を抑制することと通じて、間接的に末端需要にブレーキを掛けることを目指す方針と見られる。

世界で最も金嗜好性が強いインド国民と、金輸入量を削減したいインド中央銀行の闘いは、一段と激しさを増している。

小菅努のコモディティ分析?メルマガで読み解く資源時代?
会員制の有料メルマガです(週2回以上、月間20本程度を発行)。
コモディティの基礎知識から専門的な分析まで提供しています。
詳細や購読のお申し込み方法は http://foomii.com/00025 をご覧下さい。

マーケットエッジ

プロフィール

小菅 努

Tsutomu Kosuge

マーケットエッジ株式会社 代表取締役

1976年千葉県生まれ。筑波大学卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物)。

最新コラム

新着ゴールドグッズ

一覧を見る