インドの動向
今回はインドの動向を見てみましょう。2014年9月の記事で「インドのゴールド需要の現状」というタイトルの文章を書きました。それを踏まえての現状です。インドといえば中国と並ぶ世界の二大ゴールド消費マーケットの一つです。昨年はインドは貿易赤字を減らすためにゴールドの輸入に関税をかけ、そして20:80スキームというルールを作って、ゴールドの輸入を事実上難しくしました。(詳しくは2014年9月24日付けの上記記事を読み返してください。)
この20:80ルール(9月には80:20ルールと書きましたが、RBI(Reserve Bank of India;中央銀行)の最近のサーキュラー(通達)では20:80スキームと書かれているのでそうしました。)は昨年11月28日のRBIサーキュラー#42にて撤廃されました。ゴールドの取引の正常化へと政府は動きだしたわけです。そして2月19日のサーキュラー#79においては、その20:80ルールが11月28日付けで撤廃されたことの確認(おそらく現地でも混乱があったようです。)、そして許可を受けた銀行はコンサイメントとしてゴールドの輸入が解禁され、また一部のトレーダーも最終利用目的に縛られることなく(20:80ルールのような)自由にゴールドの輸入をすることができるということが書いてあります。このサーキュラーが発端になったのか、2月末の政府予算委員会では最終的にゴールドに賦課された10%の関税も撤廃されるという見方が広がっていました。
ところが実際はインドの財務大臣であるArun Jaitley氏は、輸入関税10%はそのまま維持という方針を発表、インドの宝飾業界は大きなショックを受けています。インド政府はまだゴールドの輸入をなるべく減らしたい意向であり、インドの国民が持っている2万トンといわれるゴールドを活用したいと思っているようです。
「Gold Deposit Account」という「ゴールド預金口座」を導入し、現在まったく動いていない、つまり国民が単に保有しているだけのゴールドを市場に預金の形で取り込み、このゴールドを生かす形で輸入の必要性をなくしたい、そんな思惑があるのでしょう。ゴールドを預けた国民は利子を受け取り、このゴールドは宝飾業者に貸し出される形で活用されます。銀行をはじめとするゴールドディーラーはゴールドを貨幣化する(monetize)ということになります。また同時にSovereign gold bondというものも開始すると発表しています。これは国民がゴールドを買う代わりに、この債券を買うことによって確定の利回りでの利子を得て、売却時にはそのときのゴールドの価値の分の現金を得ることができるというもののようです。ただGold Deposit Accountに関しては、もはや同じ仕組みのものが民間銀行により発売されていますが、残念ながらあまり人気を博していません。やはりインドでは多くの女性が、結婚式やそのほかのイベントで贈り物としてゴールドを受け取り、それが装飾品として身につけるものであるため、自分自身で持っておくことを伝統的に好むからです。
この政府主導による新しい商品がうまくいくかどうかは業界関係者でも意見が分かれているようですが、少なくとも3ヶ月か6ヶ月の間には具体的なその内容が発表されるでしょう。そしてそれが成功するかを見極めるにはさらなる時間がかかるでしょう。個人的にはインドのゴールド需要の大部分は実際に身につける宝飾品の形であるということを考えると、物とお金の間のはっきりとした区分け線を崩せなければ、そういったゴールドが表に出てくる、つまり所有者から物理的に離れることは非常に難しいのではないかと想像します。政府のエコノミストが試算しているところによると、インドの国民が保有するゴールドは22,000トンあり、そのうち大部分が宝飾品であり、約23%がコインや地金の形。このうちの10-30%だけでもGold Deposit Schemeに動かすことができれば、$30-100billion の資金を金融システムにつぎ込むことができる、ということになります。RBIが保有するゴールドは現在550トンありますが、このゴールドの貨幣化(monetization)ができれば、RBIのゴールドの持ち高は2700トンへ増加し、中央銀行の資産を多様化することもできます。政府は預金者により安心感を与えるためにCRR(cash reserve ratio :預金準備率)を設定することも考えているとのことです。(これは実際トルコで行われた前例があります。)インドでも1998年に同じような仕組みが試されたようですが、大量のゴールドを寄付される寺院が利用した以外はほとんど利用がなく、その数量も15トンから20トンとインドのゴールド保有量を考えるとまさに無に等しいものであったようです。
今回は新たにまたこの仕組みを始めることによってゴールドのリサイクルや再流通を促し、眠っていたお金(ゴールド)を経済的に利用できることとなります。これまで投資として宝飾品を買っていた人々もより投資に近い地金やコインに目を向けることになるでしょう。インド政府にとっては、ゴールドの輸入を減らすことにより経常赤字を改善し、眠っているゴールドを活用することにより、よりマクロな経済にお金を流通させるというまさに一石二鳥ともいえる政策です。もくろみどおりにことが運べばですが。誰もゴールドを手放さない(他人(銀行)に預けたりしない)、関税が続くことにより、輸入の減少、インド国内のプレミアムの高騰、そしてゴールド密輸の横行(2014年は175トンも密輸されたと計算されています。そして関税が続く限り、今年はこの密輸量が20-30%増えると警告している宝飾業者もいます。)という負の部分だけが目立つようなことにならなければよいのですが。
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